今日は、バイロンベイのお母さんみたいな友達シャロンに誘われて、お出かけした。
ネパール関係のヒーリングがどうたら、としか聞いてなくて、全然わからないで行ったんだけど、
入った家の部屋の中に、アジア系の服着てる白人さんでごった返してて、すごくピースフルな顔してて、エナジーを操っている感じの先生みたいな人が話してた。

聞くとここは、Mullumbimby マランビンビーという街。
シャロンは、ここの人は助け合ってコミュニティーを形成してるって言ってた。
ヒッピーみたいな人がいっぱいいた。

そのヒーリングのあと、ネパールの地震の支援のチャリティコンサートが近くでやっていたので、そこにも寄って行った。
観客は全員、アジアとか、ボヘミアンというか、共通性のあるファッションをしてて、本当にびっくり。インド?モンゴル?どこ?って感じのファッション。そしてドレッドヘア。
タイとかの観光地でよくみた、薬やってダメになってる若い旅人みたいな格好だらけだった。

人々はみんな幸せを分け合うような笑顔で、声をかけあったり、しゃべったり、踊ったりして、すごく素直に楽しんでた。
そしてほんとに、ニコニコしてた。
気持ち悪いくらい、っていうと、怒られるかもだけど、ほんとに、こわいくらいの空気だった。
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バイロンベイは、YOGAとかオーガニックフードとかがすごく人気で、みんなすごい気を使ってるけど、この街の人たちはひときわ、気を使ってるんだろうなと思う。
そしてPeaceを分かちあい、愛で溢れた社会の中で、笑顔で共に暮らす。
商業に流されず、Buddhismを敬愛し、自然の恵みを尊み、助け合って生きている。
びっくりな社会を見た日だった。
バイロンベイに滞在してる。
ここへ来て約一週間。
Nobby beachでお世話になったBen親子からは不評だったバイロンベイだけど、
5年くらい前に沢尻エリカが表紙で蜷川実花の写真だらけの雑誌を読んだ時からずっと憧れてた。(「沢尻エリカは、バイロンベイにいた!」っていうキャッチ。)
アーティストが住む海辺の街、バイロンベイ
むかし、私の行くべき場所はここだ、って思った。

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オーストラリアに来たのも、ほとんどここを目指してきたようなもので、
私はいま、なんちゃってデザイナーから、「アーティスト」になりたくてたまらないんだと思う。

そんな今日、たまたまコンサートに出くわした。
ネパール支援のチャリティーコンサートで、色んな歌手が演奏してた。
それを見ながら、涙が出た。
理由は3つある。

1つ目は、羨ましくて、悔しかったから。
素晴らしい、アーティストが、熟練の技を披露している。いやむしろ、その音色は平和に満ちていて、この空間に愛と幸せを運んでくれる音色を共有してくれている。なんてPeacefulなんだろう。
そして、私は、まだなにもできていない事が、キツかった。
自分が表現者以外の何者でもない事に、うすうす気付きながら、向き合えなかった事、現在が、キツかった。

2つ目は、その隣のモニターで映し出されるネパールの写真を見て、地球の大きさに、圧倒されたから。
地球の別々のところでそれぞれに生きる人々の価値観が、全然違う事を感じる。いやもしかして本当に違いが大きいのは日本くらいなのかも知れない。
ちょうど、白人の中にぽつり、アジア人さえ見ない環境の中で、いま自分がいるカルチャーの中に溶け込もうと必死になっていたから、そしていちいちその文化の差は苦しく迫ってくるから、地球の、あんなところ、こんなところ、人間が生きていくこの丸いやつの中で、どうやってこれが一緒に交われよう、と絶望的に感じたのかも知れない。
それでもここの人は、ここのカルチャーの頭で「彼ら」を理解し、共に、助け合おうとしてる。

3つ目は、疎外感なのかなと思う。
観光客なんていなくて、本当にローカルのお祭り。生活の中の一コマ。
演奏される音楽にノって、周りなど気にせずむちゃくちゃに踊っている人々をみて、明確に「差」を感じたからなのかも知れない。隣ではシャロンが友達と笑って話してて、私にはよく聞こえないし英語も訛ってて意味がわからない。
疎外感なんて感じなくていいのは分かってるのに、自分の中にあるカルチャーもまたいつも邪魔をしてくる。「違う」ことがいけない、っていう感覚なんだろう。話についていけないダメな自分。白人じゃないダメな自分。どこかでそんな感覚が、脳を飛び越えて自分を責めてた。ACの名残と日本の文化が、共同作業でいじめてくるようだった。私はまだ、ACを引きずっているのか、と思った。

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今日こんな悲しいのは、
雨が続いてて、外に出られずひとりぼっちだったから。
ここんとこずっと、ネイティブに囲まれて、会話がキツかったから。
英語は上手いって言われる。
でもまだ、ネイティブにはなれない。

むかしのブログを読み返してみたけど、
数年前から、同じこと書いてる。
何も変わってなかった。

今日は、そんな雨の日。
ホステルにいると、とにかくみんな料理がうまい。
観光地なのに、全く外食せず、なんでそんなに自炊ばっかするの、ってぐらい。
確かに外食は高いからってのはある。日本で1500円くらいのものでも、こっちは余裕で普通に30ドルくらいしちゃう。

とはいえ、男女問わず、もしかしたら男子の方がマメに自炊してる。
しかもめちゃくちゃ美味しそうなものばっかり作ってる!

ソーセージをハーブで焼いたり、具沢山なクリームのパスタをゼロからつくったり、ハンバーガーに、サーモンのサラダオリーブオイルがけ、なんかもう、オッサレな食べ物が、どんどん出来上がってく。

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食べたいものが高いなら、自分でこだわりの一番美味しいものをつくればいい。
考えてみれば当たり前のことだけど、日本でやってる男子はなかなかいないと思う。
日本だと、料理ができる男子は、おぉ~ともてはやされて、女子はできて当たり前、もしくは出来る方がモテる。
なんかこれ、古いよね~、と、素晴らしい手さばきを見せるムキムキ男子たちを眺めながら思うのでした。

ちなみに私の夕飯はサラダとおみそ汁。
美味しかったー❤︎

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久しぶりに書きます。
旅人になると、感受性が高まり、毎日がたくさんの感情と発見の中でゆっくり過ぎていきます。
それをどんどん落としていくのがもったいなくて、また書き残していきたいなと思いました。
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ゴールドコーストにきました。
海と太陽が恋しくて、まずはここに来よう、と決めました。
さっきまでビーチカフェでパソコン触って、砂浜でランチしてきました。

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滞在している場所は、Surfers Paradiseの海の近くのホステル。
世界中からワーキングホリデーの20代が集まった楽しいおうちです。
18歳から50歳くらいに見える人まで様々いるけど、
ノリは中心の20代前半のノリで。若い。
ビール瓶を何本も手に縛って楽しんだり、
街中でいきなりパンイチになって噴水に飛び込んだり…
バカなのが楽しい20代。そんなおうちです。^^

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あさっては隣のビーチの、アーティストガレージ的なところに行くつもり。
Rabbit+Cocoon
そのあと、高城剛さんの話によくでるバイロンベイで住みに行ってみます。
今日はこれから、ホステルのみんなでBBQに行くらしいので、いってきます (^-^)/☆
いつの間にか、
ついこの前まで当たり前だった常識は、古くなってきている
高城剛がよく、「20世紀的」という、物を持つことや家を買うことが古くなってるように
終身雇用や正社員としての働き方、1つの場所に留まる生き方でなくても、色んな可能性が開けてきた

私は常に息苦しさからの解放を求めて、世界を旅したり、外国に住んでみたり、あと先考えずに環境を変えてきた。
本来ならば、再就職できないだなんだと言って、かなり社会から外れた人間なんだけど、
最近は自分のこの感覚を信じてもいい気がしている。

というのも、
気付けば自分の行動はいつも最先端なのだ。

別に自慢したいわけではないが、
あの頃、会社生活が苦しくて逃げた時から、
バイトのかけもちや、海外留学、ノマド、旅、フリーランス…
会社社会の中でがんばっている人には、どこか後ろめたく、堂々と語れなかったのに、
これまで私のやってきたことはどれも、今、どんどん流行ってきている。

そして、社会の常識は変わりつつある
私が生きやすい方向へ。
それはおそらく、多くの人が、生きやすい方向へ変わっていると思っていい。

そして、
これまで自信が持てなかった自分の行動にも、説得力が付加されたような気がしている。

苦しいのなら、変化を。
変えたいのなら、行動を。

自分の感覚を信じることに、罪悪感を覚えなくていい。
それはデザインや仕事でも同じ。
「でもな、」「もやもやするな」
その直感に、ちゃんと気づいて、信じてあげよう。
それが最高の結果をもたらす。
と、最近思ったりしてる。

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今朝、
いきなり思い出した言葉
「命ちゃん」
子どもの頃呼ばれてた呼び名
もうずっと思い出してなかった。

私は母の命ちゃんだった。
「オモニの命ちゃーん」って呼ばれて、「はーい」と、続けた。
「あんたは命なのよ?あんたがいないと死んでしまうの。」
うん、といつも従順だった。

なんか、すげぇ受け答えしてたなぁ…と、ふと、20年ぐらい後のある日の朝驚いた。

同じころ、父親の命の任務も背負っていた
「お前がおらんなったら、もうなんのために生きてったらいいかわからん」
「県外の大学になんか行くな」
父のタンスの内側は、私の絵や習字の展覧会ができてた
リビングは私の表彰状だらけ
家族の期待と運命を背負っていた

そして親元から出た12年後、
父や母に会いに行く回数は、姉妹の誰よりも少ない
会いたい、と思わない
心配ではある
私がいなくても、大丈夫かな
支えてあげないといけないよな、とは思うものの
安心できる場所では決してない

そんなに愛されておいて、なんてこと言うの、と思われるかな
でも、愛情がなぜか恐怖とつながってる
どうして、思い出すたびに、苦しくて、不自由で、狭くて、小さくて、大人びてて、ずっしりと重いんだろう
そしてどうして、思い出せなかったほど、思い出さなかったんだろう
もともと自己評価が低いから、
評価なんてされると驚いてたじろいでしまう。
評価される事の居心地が悪くて、素直に受け取ることができない。

美味しいものを食べさせられても、
素直に味わえず、周りを気にしてなんて言うか、しか考えられない。考えてもわからず、沈黙とともに自己嫌悪に陥る。

こういう自分が嫌い。
もっと、素直に、ありのままに、ムダに考えすぎずに生きたいよ
ここんとこ
カンボジアでワナに感じたみたいな
魂のデカさを、感じるようになってる
身体の大きさは、みれば、わかるけど
魂の大きさは、感じないとわからない

そこには
悩んできたことや
向き合ってきたことはもちろん
鬱々と落ちた記憶も
いやそんなこともあるけど
さらには先祖までも
見守まれる星までも
関係しているような気さえする

巡り巡る生命 宇宙の中で
誰かが誰かと巡りあう
魂の対話を交わし
ある道は共にし、影響され、
それぞれが、生きていく

うまく書けないけど、わかる?(笑)
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ただいま。
日本に帰ってきました。
東京って街は、流れの早い川みたいに
帰ってきたとたん、溺れないように、一生懸命泳がないと、
どんどん向こうの方に、流されてしまいそうだね。
分刻みに追われて、忙しい街だなぁ
いい意味でもなく、わるい意味でもなく。

カンボジアに行くときの飛行機の中で、
夢うつつ、神秘体験をしたんだ
って、ただの夢なんだけど
大きな体験な気がしてならない

飛行機が墜落する夢で
ヒューン↓という下降音とともに、
エネルギーが一気に落ちてく実感
酸素が一気になくなっていって、
体の力がどんどん圧迫されて辛くなる
あぁ‥死ぬんだ
それしかもう、考える時間も力も、残ってない

死なんてこんなふうに突然、あっけなく訪れるんだな
遺書も人生の振り返りもできたもんじゃない
もう身体が辛い
あと数秒で完全に死ぬんだろう
色々考えたって、こうしてあっけなく死ぬんだな

死を受け入れた
その瞬間の夢だった
直後に目が覚め、飛行機は目的地への下降を始めただけと気付いた
生きている
まだ、いくらでも描ける人生が残ってることが、嬉しかった。

やりたいようにやろう
何も、こわくない
生きてるんだから。
そしていついきなり死が訪れても、
やりきった、って、喜んで死にたいから。
タイのパタヤの街でみたもの
白人のドデカイおっさんが、ひょろりと細いアジア人の少女とベタベタ腕を組んで歩いてる
どこに目をやってもいくらでもいた
世界一キモい街、パタヤと思った

貧しさのあまり少女は3万円程度で売られる
メイドの仕事と聞かされ売春宿に
人として大切にされる前にモノとしてあそばれる
そのことが思春期や成長期の少女をどれ程傷つけるだろうか
身も心も傷ついても無理やり笑顔をつくらされ
しまいにはエイズで死ぬ子もいる


カンボジアの人身売買は、タイよりも深刻らしい
今回シェムリアップ近くの農村で、
そんな人身売買に対してストップをかけようとして立ち上がった日本のNPOを訪ねた。


かものはしプロジェクト。

人身売買に関するスタディツアーに参加して衝撃を受けた、19歳の日本の女子大生が立ち上げた。

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タイに出稼ぎに出ていく人の特に多いここらへんの農村では、農家だけでは生活は苦しい。
子どもは学校へ行けず、遠くの中学にも通うための自転車がないので通えず、ますます仕事にありつけなくなっている。
そんな中、メイドの仕事を紹介するなどと、子どもや少女を連れて行くブローカーが現れ、残された家族に三万円程が手渡されその子は売られていく。
タイヘ出稼ぎに出たものの、だまされて売春宿に入れられることもある。
家族に送るほども稼げず、やむなくその道へ行くこともある。

そんな農村で、
もうこれ以上、子どもが売られなくてもいいように、
少女たちが、出稼ぎに出なくてもいいように、
かものはしは、工場を作った。
立派な工場だった。

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15歳から25歳くらいまでの女性が働いている
月収は50ドルぐらい
出稼ぎとは違い、安定的な収入が入る。
そして毎日お昼には識字教室も開かれている。

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子どもがいる人は、連れてくることもできる。

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工場では、カンボジアのいぐさを使った民芸品がつくられている。
めちゃくちゃ可愛い。

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施設、体制、何もかもがしっかりとしていて驚いた。
いまはインドでも何かをしようと研究しているそうだ。
代表は三人いて、みんな30歳前後だそう。
おぃおぃ、こんなすごいこと、しかもだいぶ前からやってる同世代がいるなんて。
刺激なんてどころじゃなかった。

社会の理不尽を、無駄な悲しみを取り除くために、本気で取り組んでるすごい人たちがいる。
シェムリアップにはるばる来た、何よりの収穫になったと思う。