オーストラリアに住むって事自体が、
私にとってとってもいいセラピーになってる。
最近はどんどん自分に甘くなった。
失敗しそうでも、失礼かもしれなくても、とにかくやってみる、言ってみる。そんな風に変わってきた。
前はもっと厳しくて、自分で自分の行動が許せないから行動に移さなかったのに。

その変化は、周りのオージーがみんな、すごく適当だからだと思う。
みんな間違っても気にしてないし、間違われた方も、可愛いな、と許せる。
完璧な人間である必要はないし、いつも必ず正しい人である必要もない。
ありのままを受け止めて、助け合う、支え合う。そんな社会。

最初から完璧を求めない関係性は、なんだかとっても楽だなぁと思う。
誰も試してないし、ダメだからって仕方ない。
それぞれ個性は様々。
当たり前のことだね。

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バイロンベイにきて、初めてできたともだちシャロン。
親くらいの年齢だけど、マーケットや買い物に一緒に行くし、
サウナでふやけたり、元彼の話や家族の話など、年齢に対して特に差も感じてない。

シャロンに「初めて話した時、あなた唇が震えてたわよ」と言われた。

ワオ。ショック!

そう、きっと私は、緊張してた。
英語ネイティブの友達って、あんまり作ったことないし、
どかしら、「コワイ」という感情があった気がする。
いまでは考えられない。コワイどころか何でも話せちゃう。

誰も食いやしないのに、どうしてコワかったんだろう?
それは、

1. 完璧じゃない英語で話すのに、間違ってはいけないと感じていたから

2. アジア人の自分よりも白人の彼女の方が偉いような錯覚に陥ってたから


の2つだと思う。

1に関しては、なんとなくまだ、日本の「完璧主義」的な考え方の影響だと思う。
ちゃんとできないなら、でしゃばるな、的な空気。
日本で育った自分には、「失敗してもいい」という感覚があまり身についていないらしい。
ちゃんとできないなら、ちゃんとできるまで頑張って、その上ででしゃばりなさい、という感じの価値観。
英語を長年学校で習ってきているのに、いざ英語を話すのがコワい人は多いのは、その価値観のせいじゃないかと思う。

2に関しては、もちろん人種によって劣るも優れるもないはずで、
それはこの地球上の長い植民地の歴史によって作られてきた、なんとなくな世界の空気。
日本の広告でも白人モデルが起用されることはよくあるし、かっこいい、キレイ、の基準はかなり白人の顔のつくりに偏っていると思う。気付かないうちにそれに影響されている。
私のそのフィルターを外してみると、人々はちゃんと私をみてAdorable!と言ってくれるし、
そもそも人種差別的な目で人をみる人となんて友達にならなくてもいいよね。
そして逆人種差別(アジア人な自分が劣っているように思う事)的な考えもやめよう、と思った。
男っぽいとよく言われる。
確かに男友だちの方が多いし、ラクで話しやすい。
女子どうしのベタベタなコミュニケーションがけっこう苦手。
女子といると頻繁に「めんどくさい」と思っている自分がいる。

例えば…
すんごい仲良いわけじゃないのに「おはよー」でそんな盛り上がりたくない。
共感してないのに大げさに「へー」って共感したフリもしたくない。
本当はそんなびっくりしてないのに「うっそー!」と大げさな表現をされても冷める。
「バイバイ」は一回でいい。
こんなこと書いてたら嫌われそうだな…笑

たぶんフェイクが嫌いなんだと思う。
正直に生きていたいし、優しい嘘をつきあって気疲れするような関係性なら、
嘘のないありのままの感情で、自然体でストレスなく話せる関係の方がほしい。

でもたまに、サバサバっと善意を切り落としてるみたいで、罪悪感が残ることがある。
きっと、自分の理想を肯定している間に、心で、相手の態度の否定までしてしまってるんだと思う。
だから、あぁ、出たょ、女子女子反応、とか、今のは聞かなかったことにしよう、
とかって感じで、無化してしゃべってる自分がいる気がする。

否定しなくてもいんじゃん?
種類の違うものなんだと思えばいっかー。
7月15日、Facebookに投稿された動画をみてびっくりした。
なんか知らないけど明らかに異常事態。
あれ、もしかして、まさか、あの海外で戦争できる法案?可決???

動画をみて、なんじゃこれ、と思った。
素直に、こんな国いやだ、と思った。

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政治や社会のことを知らない自分は恥かしい。
なるべくその話題になってほしくない。
「常識確認テスト」を受けているみたいで、知らないことがバレると恥かしいから。
でもたまに、話題に出たりするから、知らなきゃ、と思う時もある。
それでニュースとかちょっとみてみるけど、みても、よくわからない。
そもそも政治のシステムをよく知らない。
衆議院ってなんだっけ、中1の社会で習ったかもだけど、ほとんど覚えてない…

自分は典型的な、「無関心層」なんだと思う。
日々の仕事や、考え事、恋愛や人間関係に忙しい。
もっと生活に直に関係する即時的な問題が、日々押し寄せてくるから、その対処に忙しい。
だけど、実際、どんなに忙しい?
昨日一生懸命考えたことは、担々麺のスープってどうやってつくるんだろうってことだった。
そんなに大事なことで忙しいわけじゃないんだよね。実は。


だけど、この動画をみて、やばいぞ、と感じて、
ほとんどはじめて、自分から政治に関心をもって、新聞記事やニュース映像をみたりしてる。
少しずつ、何が起こっているのか、わかってきた。
やっぱり私がイヤだ、と思ったことは、ちゃんと調べてもイヤなことだった。

でも、関心もってても、意見を持てば持つほど、やっぱりむずかしい。
私は、研究者じゃないし、論理的に考える力も強くないから、
イヤだ、って言ったところで、その理由を説明するのが、すごく難しい。
イヤだ、って言った時点で、「サヨク」にされるし、
突っ込まれても、論理的に反論できるほど研究できてない、反論の言葉の力も強くない。

でも、イヤなんだもん。このマッチョな感じ。
押し付けてる感じ。誰かが我慢して、黙って、誰かが力で押さえつけてる感じ。
戦争ありきで考えてるのもイヤ。
戦争はみんなでしない世界にしていこうよ、そういう努力をしていきたいし、
そもそも戦争なんか古臭いって考えに、グローバル社会は移っていってると信じたい。

私はイヤだ、って言ってるだけで、
別にサヨクとかじゃない。
サヨクとかウヨクとか、どっちの言葉にも距離を感じる。
駅前でしゃべる熱心な運動おじさん達の言葉も、むずかしくてよく理解できない。
街宣車でいばってる右翼おじさんの言葉は抑圧的だし、イライラするからやめてほしい。

私は市民として、イヤだ、って言っているだけ。
ちゃんと説明できません。でも自分の頭で考えようとしてる。
そういう状態を、許す社会であってほしい。
そうあることで、私みたいな「無関心層」は、
政治にちょっとずつ、興味をもつことがもっと気軽になる。

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国会前でデモを率いているSEALDsの批判をする記事も目にするようになった。
私は、彼らは信じられないほど優れていると思う。
すごく勉強してるのもわかるし、役割分担もしているだろう。
チームワーク力もかなり高くないと出来ないと思う。
伝え方も、本当にうまい。
デザイナーとして嫉妬するほど。
同じ年の頃の私には絶対できなかった。
すごく大人だと思う。

でもそんな彼らの態度や言葉の中に落ち度を見つけて批判する記事を見つける。
でも彼らに対して注目すべきポイントは、その知識の正確さじゃないと思う。
誰もがうまくできなかったことをやりのけたセンス、犠牲を知りながら立ち上がった勇気、そしてしっかりと盛り上げ成し遂げる統率力。
私を含め、どんなに多くの人が、彼らにはっとさせられてるだろう?

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<バカは政治を語るな>
<完璧に説明しろ>
っていう空気が、ハードルになり、意見を持つことの脅威になり、
結果、無関心層をもっと増やしていく。

バカだっていいじゃない、常識がなくってごめんなさい。
でも今さらだけど、いま、興味もってるんだ。
自由に興味をもたせてほしい。そして自由に意見を言わせてほしい。
間違ってても、いいじゃない。
批判じゃなくて、意見を言って、話し合いたい。それが平和な社会のやり方だと思う。
知識や能力に差があってもいいじゃない、
誰もが生きやすい平和な社会であってほしい。
オーストラリアに来て、自然の中で暮らしてると、
ACが出なくなったし、悲しいことを考えなくなった。
マイナス思考なんてものや、うじうじ、あーなったらこうで、なんてことを考えない。
スパっと。ありのままになってきた。
とっても気もちがいい。

今日は、父親の隣で眠る夢などみた。
怖いとか何もなくて、ただ、親として慕っていた父親のとなりで寝る、それだけだった。
数日前うどんを手打ちでつくったとき、真っ先に写メで報告したい相手は讃岐にいる父親だった。
そういう素直な感情には、まっすぐ従っていい気がして連絡できた。
ここにきて、子どもの頃、しかも思春期より前の、無邪気だった頃に戻ったような感覚。

私はたぶん、思春期以来、頭で考えることに、かなり力を入れてきたんだと思う。
自分の中で仮設とストーリーをつくって、悲劇のヒロインな自分の悲惨なストーリーをコツコツとためてきた。
悲しみの湖の中で悲しんでる自分は、超かわいそう、泣いちゃう。
そしてそれはある意味居心地がいい。ずっとそこに浸っていられるから。
「あぁ、なんてかわいそうなんだ。なんてひどいんだ…」ってね。

だけどその渦からは、HAPPYは訪れない。
いやむしろ、その渦の中にいる自分にとっちゃぁ、HAPPYはもはや、悲しんでいる時間だ。
だからもう、悲しみが慢性的に自分を幸せにしてくれる薬になってしまってる。
悲しみ中毒。Addiction of Sadness.

あー、まさにいま母親はそういう状態で。
だから抜け出そうとしない。できない。本人にとっちゃぁ悲しみが、一番安心できる幸せの場所なのだから。
とはいえ悲しいのだから、辛いのだから、結果的に不幸なのだ。
でも抜け出し方がわからなくて、それはものすごく大変なことのように思える。
だから抜け出せない。また悲しみの湖に逃げて、またなんとか安心できる場所で浸ってしまう。

これは、DVとか、虐待を受ける方の感じ方とも、すごく似てると思う。
暴力は受けたくない。でも、少しでも受け入れてほしいから、もっともっと近づいてしまう。
痛いけど、暴力を受ける、その服従関係だけの世界の中で、もう既に暴力のある関係性が心地よいものになってしまってる。この状態にある、虐められている状態、それでも追いかける状態が、幸せ、と。悲しみの湖。
そして一度そんな湖に入ってしまったら、幸せとは、その状態であるという錯覚が残る。
だから、どんな相手に会っても、また、その湖の状態をつくろうとしてしまうんだ。

さらにはそれを続けていると、悲劇のストーリーをつくるのが上手になってくる。
毎日続けてるんだから当たり前。悲劇のヒロインな自分のストーリーづくりプロフェッショナル。
悲しみの筋トレ。


それを今では、一気にしなくなった。
悲しみの筋肉もきっと衰えてしまっただろう。湖は枯渇しただろうか。
おおきなおおきな、本物の海と、素敵な色の夕日、キラキラの星空、まんまるい壮大な大地。
そしてここにいる、地球みたいなまっすぐなエネルギーをもった人たちに影響されてる。

不満など考えず
ポジティブにとらえる
小さな幸せに気づく(実際それは大きな幸せだったりする)
しあわせを味わう。もぐもぐ。うんうん。

だってほら、いま私は、なんて幸せなんだろう
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自然のちからは、すごいね
ふるさと、地球。このありのままの姿に、助けられている。
オーストラリアにきて2ヶ月が経った。
この間に、Shark Attackのニュースを何回聞いただろう。
サーフィンを始めてまだ間も無いのに、サメに食われた人の話を聞くとぞっとする。

昨日も、隣町のBallinaで、ボディボーダーが足を食われて、出血多量で昏睡状態らしい。
彼が食われたのは朝10時。同じ時間、私も車で1時間ぐらいのPassで、青あざ作りながらテイクオフの練習をしていた。
晴れた日の海は透き通っていて綺麗で、クジラがいるよ、なんて声も聞いた。
そんな平和そうな海で、そんな悲惨な事故が起こっていたなんて。

同じBallinaで、サメに腕持ってかれた人がいたと聞いたのも、つい先週の話。
サーフボードとウェットスーツでビーチに行ったら、知らないおじさんが話しかけてきた。
今日はサメが出たからビーチはクローズドだ!と言った。
よさそうな波が立っているビーチには人が誰もいなくて、その日はサーフィンをするのをやめた。

ヘビーサーファーのシェアメイトは、「食われるかどうかなんて運だよ、誰が食われてもおかしくない。」「やつらの家で俺らが遊ばせてもらってんだから、仕方ないよ」と笑った。
こわくないの?と言っても、仕方ない、と言って、彼は翌日からサーフィンしてた。

Ballinaで出たと聞いたのは2回目、そして私のくるほんの2ヶ月前にも、同じ場所で日本人サーファーが足を食われて、出血多量で死亡したのも知った。
交通事故とかに比べたら、そんな多いものじゃないのかもしれないけど、でも、怖いもんは怖い。


だけど、サメって、何を食べて生きているんだろう?と思った。
"魚介類を中心に、海産哺乳類、海産爬虫類、海鳥などを獲物とする。"(from wikipedia)
って、やっぱり生き物を食べてる。
人間が食べられなくても、海の中の誰か、生き物が食べられているんだね(当たり前か)
じゃぁ、人間は何たべてる?って、私たちも、魚、肉、食べてる。
もっというと、植物もたべてて、植物だって生きてる。
人間って、生きているものを食べることで、生かされてるんだね。。

人間も、地球の中の、食物連鎖の中のひとつで。
食べられて、食べる。ぱくぱくぱく。
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地球上の生物って、こうやって生きてて、生かされてて。
食べられる魚にも、死を悲しむ恋人とかいるのかなぁ。鶏にも、隣で殺される親友とかみて悲しんだり、そういうのも、やっぱりあるのかなぁ。。って。
でも、じゃぁ肉も魚も食わずに、ベジタリアンになれたとしても、植物だって生きているでしょう?
じゃぁ、何を食べたらいいの?水と、塩?
人間は、生きていけなくなっちゃう。

もっと考えたら、人は必ず死ぬようにできていて、
人も、動物も、植物も?たぶん。地球上の生きものは、循環して、時を巡って、そういう風に作られてる。なのに、どうして、死ぬことや、殺されること、そして残されることは、こんなにも、辛いことなんだろう。
宇宙のつくった地球は、もともと残酷な前提のもと、つくられているのかなぁ…

とかを考えてしまった。
サメに食べられたくないけど、サーフィンは上手くなりたいなぁ。
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ちょっと前から、あれもしかして?と思ってたけど、
今日の夢で確信。
夢の中が英語だった。
ちゃんというと、夢の中の自分は、英語も話してた。
日本語も話してた。思考は日本語。つまり現実と同じ。

夢では、なにやら変質者に追っかけられて、家まで入って来られてしまい、スーパーウザったいちっちゃいオッさんで、棒で殴ったりしながら出て行けっつってんのに、棒で対抗してきたりしてもうウザ度100越え。
I'll call the police!! って言ったらちょっと収まり、電話しようとしたら電話かかってきたりで出来なくて、やっと110押したら、つながらず。
あ、そっかここは日本じゃない、と思って、ポリスの番号必死で探して、136789かなんかに電話して、英語で助けを呼んだ。
オッさんはそれ聞いて一度出ていって、そのあとポリスに、オッさん出て行ったからもういいって電話したら、そのあとオッさんまた来たので、心配そうに言ってやった。
Oh are you sure you wanna stay here? The police said they are on the way now.. I think they'll be arriving very soon..!
オッさん慌てて出てった。

勝利。

でもそのあと、一部始終を見ていた日本女子ぽいシェアメイトに、「えー、シェアハウスに住んでたのに英語それしかできないの?」と言われてドキ。
必死で言い訳を探してたら目が覚めた。

まだまだ自信ないんだなぁきっと。
確かにまだまだありません。
ほんと聴こえない時あるしねー
道のりは長い。

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オーストラリアに来て約1ヶ月した頃から、なんだか英語が聞こえる聞こえる!
最初はあんなに何言ってるのかワケワカランかったオーストラリアなまりも、もう全然なまってるかどうかも分からなくなった。
ネイティブの英語話者と話してても、全部理解できる。
これまでは50%くらい聞こえてその他は想像で理解してたのに、最近は単語一つ一つ全部聞こえることが増えてきた。

さらに!
電話で英語きくとほぼ100%聞き取れずに終わる、って始末だから電話はしないことにしてたのに、こないだ仕方なく電話で話したら、わかるわかる。
しかも友だちだけじゃなくて、自動音声案内の英語まで全部文字に変えられるほど聞こえちゃうんだから、もうびっくり!

サバイバルりょく、上がっとるやん私メラメラ

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最近は家でも外でも日本人とネイティブと一緒にいることが多いから、いつも自然と通訳になってて、そうしてるうちに通訳のスピードも上がってきた。
しかも訳してる時のこの快感ったらもう…
日本語にはあるけど英語にはない表現とか、逆とか、なんかそれをいちいち感じちゃって文化の違いなんかまで見えてきちゃって、なぁんかそれだけで楽しい。

俺ってば、通訳向いてるかもぉー

{ACB46CA7-B10A-47CA-8A7C-5142C7F220C8:01}

初めてサンフランシスコに1ヶ月留学してから、約5年。
空港から現地ついて、ホテルについたけど何て言えばいいかわからず、モゴモゴしてた、あのレベルの英語から、いま、ここ!

5年前のサンフランシスコ1ヶ月留学
4年前の4ヶ月世界一周
3年前のニューヨーク留学7ヶ月と中米1ヶ月ボランティア
2年前のハワイ3ヶ月滞在
1年前の香港3ヶ月滞在とフィリピン2週間留学、ハワイ2週間滞在

英語圏に住んだのは、5年間で合計約19ヶ月。
勉強とか座学はまっっったくしてない。
語学学校行ったりしたけどすぐ辞めたりサボったり。
だから、ほんと生活だけでこうなったんだなぁ
つって、まだまだだけども。

コツコツ続けるなんて、とんでもなくできない私ですが、日本が息苦しいし、海外が大好きだから、ちゃんとコツコツできて結果が出てきたんだなぁ☆
嬉しいなぁ

{29074FCC-A5F3-4041-991F-BA962B43C935:01}

バイロンベイには、素敵な人たちがほんとにたくさんいます。
東京との価値観がほんとうにひっくり返って、これがスタンダードなんだから、もうびっくり。
これまでの自分の持ってた常識って一体なんだったんだろう、一体どこにいたんだろう、と感じずにいられません。

ここで出会う素敵な人々の特徴のひとつが、自然体で生きているということ。
あれこれ考えたり、うじうじしたり、そういうこと、どこかに置いてきたみたい。
空がきもちいいからそれを感じて、泳ぎたいから泳ぐ。
知りたいから聴くし、なにも無理をせず、ありのまま、生きてる。

日本ではまだ、直感的にどんどん行動していた方の私も、ここにいると、直感で生きることが当たり前の先輩たちに囲まれて、自分の不器用さを感じずにはいられない。
なぜか、すっごく難しい。
気がつくと、景色を味わう前に、また頭がピコピコ働いてる。
というか、何か別のことに、すごく狭いものに集中してしまうせいで、5感の穴が閉じてしまって、
せっかくのものすごく素敵な景色や匂いにも、気付かなくなってしまう。
そうなりそうになるたびに、はっと気づいて、ゆっくり深呼吸する。
目を閉じて、温度を、匂いを、風を感じて、いまあること風景に、感謝する。

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これを、もっと自然に、あたりまえにできる人になりたいな。
そうして、もっともっと、HAPPYを味わえるようになりたいな☆
バイロンベイにきて2週間ちょい経ちました。
前にバカみたいに泣いてた日が嘘みたいで、
毎日自然の匂いと波の音に癒されながら、星空を楽しんでいます。

ここには自然と一体になって生きてる人たちがホームレスとして生きていて、
なんとなくそうなった気持ちがわかる気がします。
四角い箱の中で寝ることがなんだか勿体無くて、私も早く外へ出て自然の中で暮らしたいと思ってしまいます。

日本から、ありがたいことにフリーランスの仕事は次々頂けるのに、
当の私はやる気がいっさい起こりません。
パソコンというこの機械すらバカバカしく思えてきます。
太陽のしたで、砂に戯れて波に乗って、夕焼けのまっかな雲にうっとり恋して
それ以上の喜びがあるんだろうか
一体わたしはこれ以上の何が欲しいというんだろうか
なんて感じてしまいます。

とりあえず、webのお仕事はもう断っていこう。
そう心に決めた夕暮れ時。
Back to nature.
Back to simple.

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