こんばんは、今日も来てくれてありがとうございます。
今月はなんとなく親のことを考えることが多かったので
今日はその時に思ったことをお話させていただきます。
親が私のためにしてくれたこと考えてみると
良い思い出と言うものは出てきません。
出てくるのは、子供としてはともかく
私も子育て経験者となっている今
両親のしてきたことを考えると
かなり子供のしつけ面でNGを出したいことが多いです。
子供にそんなしつけ方をしたら
まともな人間関係が築けなるじゃない~![]()
両親の子供への接し方を客観的に見てみると
もう少しこうしてくれたら
私ももっと楽な生き方が出来たんだろうなと
ちょっと恨めしくも思ってしまいます。
本当に困った親だと思いますが、
悪気があってやっていたことではありません。
自分立場からしか物事をとらえないから
そのしつけが子どもにどんな負担となるかなんて
考えられたかったのでしょう。
親としての未熟さからくる失態だと思います。
本当に、やってくれたな~と
ため息が出てしまいます。
でも、だからと言って親を恨む気持ちにはなれません。
私自身もいまだに未熟さを感じる時がありますし、
今も生きていられるのですから
両親も未熟ながらもがんばって子育てをしてきてくれたのでしょう。
育ててくれてありがとう・・・とまで言えるほど
私は出来た人間ではありませんが
両親なりにがんばって来たことは認めたいと思います。
親のNGなしつけのおかげで
しんどいお荷物は背負わされてしまいましたが
親を恨んでも自分が苦しいだけですから
私はそんな無駄なことをするのは嫌いです。
どんなハンデがあって、どんな重荷を背負おうとも
それとどう付き合っていくかを考えるのは
誰でもない私のやるべきことです。
克服できることは克服するし
克服できないならば、付き合い方を考えます。
あんなしつけの仕方をされて・・・
よくまともに結婚して、今まで家庭を守ってこれたと
自分で自分をほめたくなります。
今でも心に痛みを感じることはありますが
やはりそれをどうするかは、私の課題であって
まだ癒えていない心の傷は、時間をかけて癒していきます。
昔、私が母に絶縁を言い渡した時に
母はこんなことを言いました。
「親子の関係は、そう簡単に切れるものじゃない」
確かにその通りです。
結局絶縁は出来なくて
あの時の怒りは
時間の流れに流されて行きました。
子どもの頃のことを思うと
今でも、コノヤローと思うことがありますし
あ~あと、ため息も出ます。
私の負担の原因となったことを思い出した時は
少し心が苦しくなりますが
しょうがないなと笑います。
私に与えられた課題は
誰が与えたものであろうと、私が取り組むべきものです
ため息が出るならため息を一つ吐いて
私は私の課題に取り組んでいきます。
「私のために親がしてくれたこと」
次にこの話題に取り組む時は
自慢できるネタが見つけられていると良いなと思います。
両親もよくがんばったと思います。
両親は両親なりに大変なことがたくさんありましたから
よくがんばって子供を育てたと思います。
がんばったことは評価しますから・・・
今夜だけは
「ありがとう」って・・・
言っちゃいましょうかね(*^-^*)




