年末感がないー

と言いながら年を越して

お正月感がないー

と思いながら過ごしている



元旦はお散歩がてら香椎宮まで歩き

去年より参拝の列が短かったので

弁天様のところで手を合わせ

長蛇の列を横目で見ながら外を回って古宮へ


お雑煮を食べ

おせちっぽいものを食べ


食卓はお正月だけど

それ以外のわたしの日常は

年末も年始も変わらない


自営業たるもの休み返上!

とか思っているわけではなく


ただ単に刺繍が日常の一部すぎて

机につけば何かしら手を動かしているからだ







アメトーーークも相棒元日スペシャルも

あると思えば楽しくなるけど

ずっとテレビの前に座っているのがしんどい

&ひとりの時間がたっぷりないと死ぬので

いつものように自室でやりたいことをやる


お正月の空気を吸いながら

体の中も脳内も通常運転しているわけだ


まぁこんな奴が世界にひとりくらいいたっていいだろうと

大概のことはそれで片付けるようになって早数年



なんの面白みもない奴だな、って

自分にたいして時々思う

客観的に見て

ドラマになるような日常は送っていない


けど

このなんの変哲もない1日を

毎日同じリズムで刻むって

もしかしたら世界の一端をちゃんと担っているのかもなって

今は特に思う




淡々と。

いつも通り。



今の人間たちは

外の世界がてんやわんやになるほど

そのなかで普通に暮らすことって難しい


心は波立つ

もっていかれる



変わらないものなんてない

世界もわたしも

日々変わりゆく


細胞はいれかわり

気持ちはゆれる


不安な思いを抱いたまま外を見続ければ

それは恐れになり疑心になり

世界はたちまち不穏な場所になる



けれど自分の内側に

変わらず湧きつづける泉があって

命の源流の鼓動があって

ゆりかごに抱かれるようにそこに居られれば

ただわたしと世界が在る




日常のルーティンの中に祈りがあって

絶対的な安心を内側に持って

淡々と自分のやるべきこと

自分の暮らしを営むこと


地球の鼓動に重ねて

一定のリズムを刻むこと


それが世界の心拍数を

整えることに繋がればいい


そんな祈りとともに在りたい








なんとなく調べものをしていて

これにたどり着いた

https://news.yahoo.co.jp/articles/2609e9ba2fef21dd8437f2d8d643998aa35206fa 



「辰は、三月、房星の支配する農業の時季になり、草木が芽を出して変化するとき、雷が震(ふる)うことをいう。房星をもさす。他の説に、農具ともいい、貝殻の中から肉が出て動いている形ともいう」

と説明されています。「房星」は中国古代の星座で、蠍(さそり)座の頭部にある四星をいいます。「辰」の字源は諸説あるわけですが、何かしら農業と関係のある字だったようです。




なるほど、蠍座ね

わたし太陽蠍で日柱干支が庚辰


蠍は不動の水であり

たくさんの記憶と感情を保持する星座であると同時に


心の深部を震わせる星座でもある


無意識を伝って

人から人へ伝播する

感情というには強すぎる深部のエネルギー




きっと今年はたくさん揺さぶられる

それを受け入れて

揺さぶられて笑って泣いて

世界とともにたくさん心を動かそうと決めたから


揺さぶられることではじめて

見えるものがあるだろう





🌖🌖🌖


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