【雪見障子 yukimishoji】


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・side A      門出

目蓋の向こう側で、ちらちらと光が踊っているのを感じる。淡い光と、何かが反射するような目映い光、それが雪見障子を通してもたらされたと気付くまで、少しの時間を要した。
見慣れない部屋。
行儀の良い雑魚寝といった感じで、見知った悪友どもがすうすう寝息を立てている。
少しずつ覚醒する意識の中で思い出されるのは、花嫁の清楚な白無垢姿。
長年恋焦がれて、言い出せぬまま、彼女は自分の親友と恋仲になり、そしてとうとう結婚した。それが昨日の話だ。
古民家をリノベーションしたという広い新居に、親しい者だけを集めて行われた、略式の披露宴。
やわらかく微笑む彼女に胸の内を見透かされまいと、かなりのハイペースでグラスを空けた。

身体を起こすと、暖かな毛布がかけられていることに気づく。ほのかに香る残り香が、誰の優しさであったのか告げていた。
他の面子を起こさないよう、そっと布団から這い出て、雪見障子の下の結露したガラスを指で拭う。
夜の間に降り積もった雪の表面を朝日が撫でて、きめの細かい光がちらちらとゆれている。

彼女は新しい門をくぐった。
次はあなたの番。

庭木の枝から滴り落ちる雫がぴかりと光り、そう合図を送っているようにも見える。
「長い夢を、ありがとう」
少し湿気た障子の紙は、小さな呟きも吸い込んだ。
隣で寝ていた奴が身じろぎを始める。
さあ、新しい朝だ。



・side B      ありがとう

招待状の返信はがきの中に、彼の名前を見つけたときはほっとした。
きっと祝福してくれると、確信に近いものがあったにも関わらず、来てくれなかったらどうしようという心細さのようなものが、ずっとつきまとっていたから。
ひとことで言ってしまえば幼なじみ。
いちばんの親友で、兄のようで弟のような大切な人。近すぎて、当たり前のように大好きだった。今も。
彼が自分に思いを寄せてくれていることも、最初は薄々と、そしてだんだんはっきりとわかっていたけれど、自分の彼への想いが恋かと問われれば自信がなかった。
なにより壊したくなかった。ずっとこのままでいて欲しかった。

わたしは今日、彼の親友の花嫁になる。
隣にいるよりも、少し遠くからの方が、花嫁姿の美麗さは際立って見えるはずだ。
最後のわがまま。
あなたの瞳に、人生でいちばん綺麗なわたしを焼きつける。

「そろそろ行こうか」
着慣れない紋付き袴姿の夫が、少し緊張した面持ちで手を差しのべる。頷いて手を取り、わたしたちは長い廊下を歩き出した。
雪見障子のガラスから、座布団に座る人々の足元が見える。
あぁ、来てくれている。
足だけで分かるなんて、もう。
「どうした?」
うつむいたわたしに夫が問いかける。
いま喋ると泣いてしまいそうで、首を振ることしかできなかった。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。
晴れ渡った空からふわりと、新年最初の真っ白な雪が舞った。