
良い子ちゃん、てなんすかね(。・w・。)?
子供のころの私は、何が良い子の定義がわからず、ひたすら母ちゃんの顔色を見てました。
無意識だけど。
うちの両親は、いちおう恋愛結婚なんですが…
母ちゃんは、家を出るための手段として結婚したそうです。
父ちゃんは、もっと自由になれるかな?と思って結婚したそうです…。
愛って、なんすかねぇ…( ´・ω・)

小学生で、こんなん聞かされたら自分の生存意義を疑うわ

ちなみに「お父さんと似た子がこれ以上生まれたら、お母さん手に負えないから兄妹は諦めてね。」と言われました。
私、ここに居て良いんすかねぇ…
( ´・ω・)━━( ´・ω)━━

正直、いつのたれ死んでも可笑しくない…小1の私は、そう確信した(。・"・。)
生活力皆無の父。
気づけばすでに結婚を後悔してる母。
どっちについて行っても、早々に死にそうっ( 」゚Д゚)」

砂の城ってヤツだな…
( ´・ω・)━━( ´・ω)━━

黄昏の気分というのを味わったのは、小1の夕暮れ。夕飯前のことでした

ま、そんな訳で。
ともかくも、今二人揃っている親に見放されないため…
願わくば、この危うい均衡を上手く渡りつつ生き延びるには…
都合の良い子になるしか、あるまいっε=(。・д・。)o

ま、とはいえ子供ですから?
ワガママはワガママなんだけども。
決定的に見放されることのないよう、いい塩梅を探って生きてましたなぁ

とくに対外的には、ね。
家庭内では、ある程度のリラックスもないと精神が死ぬので。
余所に行って、粗相をしない。
でもやらかす可能性大なので、できるだけ目立たないようにする。
それが私の基本でした。
そんなこと考えてる自分が、結構イヤでしたなー、あの頃。
すんごい窮屈で。
小1、小2の頃は戦争映画をよく見せられましてね。
学校行事で。
だからまぁ、なんと言うか…。
そういう時代に比べたら、自分の窮屈さなんて贅沢品だと思ったんですわ。
爆撃されるわけじゃないし、ご飯あるし、家族そろってるし、学校行ける。
血の川に身を投げる事もない。
毎晩眠るとき、怖い木目の天井見上げて、うすら怖さを感じながら眠ってた。
もしかしたら、母ちゃんに「自分は望まれた子供じゃなかったの?」て聞いてれば良かったかも知れない。
んだけど、それは答えを知らない身としちゃあ、滅法怖い。
もし「うん」て言われたら、どうしようもないもんね。
だから、怖くて口を噤んで、ひたすら粗相のないように…と励んでいた。
そんでもって…
「赤ちゃん自販機見つけたら、絶対買うんだっ」て思ってた



