15年振りに来たバーのドアをドキドキしながら開けた。
そしたら、もう1枚ドアが増えてた。
15年って、そーゆーもんだよね。って。
そりゃードアの1枚や2枚増えるね、なんつってね、
多分あと5年ぐらいしたらちょっとちっさ目の3枚目増えてるね。
でね、このバーはオシャレなショットバーとかじゃなくって、汚ったないロックバーなのね。なんか、地下の。狭くて汚ったなくって、すんごいタバコ臭いバーなの。もうね、換気機能とか保健所的な調査とかどうやって切り抜けたのかと小一時間問い詰めに行くレベル。
ジャズとか全然流れてなくて、客層も寂しい独り者とかがメイン。んで、マスターが生粋のロッケンロール。もう、裕也語らせたらキリンかマスターかっつーぐらいのロッケンロールなのね。たぶん。恐らく。あ、うん、言いすぎた。ごめん。私、ロック知らなかった。
で、でね、もうね、階段降りてる時点でジャカジャカ聴こえてたのね。恐らく何かしらのセッション的な事が、恐らくあの中で行われているわけです。
ドア2枚目すらをも突破するロッケンロール魂なわけですよ。いや、私、ロック知らないんだけど。
でもって、何故酒も飲めない私が、そして裕也に興味のない私がこのバーに訪れたかって話を説明し出すと、産まれたての子が、気付いたら2歳になってた!ぐらいややこしい話だから割愛しますけれど、とにかく私はこのバーがオープンした当時、毎日通ってた。
で、当時志村とそこで出会ったわけですが。
それがまあおおよそ20年前な訳で、
今回、マスターとは、ガチで15年振りぐらいの再会な訳ですよ。
もうね、満を持しての感動の再会を、夫にW不倫されて見捨てられた挙句に1時間かけて地蔵を避けながら汗だくで競歩でやって来たわけですよ。
あーっ、夫婦で来るはずだったのにー!!!
何かしらのアクシデントーーーっ!!!
でね、まあ、えんもたけなわ、そろそろドアを。
っつって2枚目を開けたわけ。
そしたらホントにホントにドアから50センチぐらいの場所にね、いたよね。マスター。
一瞬、あ、れ?佐村河内かな?って思ったよね。
いや、店内が予想以上に薄暗かった。薄暗かったんだってば!!!
佐村河内じゃなかった。よかった。久しぶり。マスター!
で、マスターは、エディ・マーフィ(仮名)とします。
当時、従業員の苗字に何故か「P」をつけるのが流行っていた。だから、マーピーと呼びます。
マーピーはドアからにょきにょきと顔を出した私を見て、ベビベビベイビと弾いていたギターの手をピタリと止めて、
ん?
「ど、ども、ご無沙汰...」
「み、みっきー!!!!」
何故か当時私はマーピーからミッキーと呼ばれていた。
ロッケンロール的にカーチスのポジションに置かれていた。そんな側近レベル。
で、私も負けじと
「マーピー~!!!!」
と2人はあつい抱擁を交わすのだが、いかんせん15年振り。店内シーンっ!!
しまった!セッション中だったぜ!!!
と、まあ、ご存知の通り、ユリ・ゲラーの言いつけ破って本日2回目の時空止めちゃったわけですが、この日のバーは偶然にも空いていたのでセフセフっつー事で、事なきを得ました。
そしてタバコ臭い店内のカウンターに座り、見たことない可愛らしい従業員の女の子に、恥ずかしげもなくじゅーす!じゅーすっつってこれでもかってじゅーすを出してもらう。
それを、さもアタシ酒呑んでますって顔で飲む。
15年振りに常連顔するっていう、通用しないアレ。
暫くして、演奏を終えたマーピーが私の所にやって来た。
マーピー「いやぁ~!マジでビビった~!」
「えへへ」
マーピー「ってか、どーしたの?シムちゃんは元気~?」
「うん、、実は、、、」
と言って私はマーピーに全てを打ち明けた。
マーピーは真剣にウンウンと聞いてくれたが、15年振りに感動の再会を果たしたのに、なんだか残念な話をされて、何と言って良いか困り果て、ついには言葉を失ってしまった。
マーピー「はぁ~、そっか~、シムちゃんヤベーな、それは。」
「そうなんだよね~」
そんな重い空気の中常連客が3人流れ込んできた。
このバーの良いところは、なんと言ってもお客さん同士が直ぐに仲良くなれる所で、私はその3人に混じって愚痴を聞いてもらったり、慰めてもらったり、ジュースご馳走してもらったり、なんだかんだと嫌な事を忘れて楽しませてもらった。
私は泣いたり笑ったりしながらも、携帯を目の前のテーブルに置き、いつでも画面が見えるように上向きにしていた。
地下だけど電波は入ってる。
私はずっと夫から連絡が来ることを期待していた。
そろそろ家に帰ってるかな?
そしたら私がいないことに気づいて、もしかしてまだガストで待ってるかもしれないって、悪いことしたって思ってくれるかな?慌てて迎えに来てくれるかな?まだかな?まだかな?
まだかな?
1時になった。
2時になった。
3時になった。
夫から連絡は来ない。
もしかしたら帰宅したけど、私に合わせる顔がなくて、私が帰るのを大人しく待ってるのかな?
寺田の言葉がよぎる。
子供の為に家に帰れ。あいつの事は捨てろ。母としてやることをやれ。
全部正しいよ。寺田。
私は虚しくて再びみんなの前で泣いた。
みんなも困っていた。
でも、ふと、本当にふと、
もしも私とグリコが海で溺れていたら夫はどうするかな?
と考えた。
夫は間違いなくグリコを助けたよ。今日。
これは紛れもない結果だった。
じゃあ、
もしも今、海で夫と子供たちが溺れていたらどうする?
って考えた。
悩む必要なんて1ミリもない。
迷わず子供を助けるよ。
なんて簡単な事だったんだろう。
なんでこんな事で迷ってたの?私。
すごーく簡単な事だったじゃないか。
私「マーピー、私、もう帰るね」
マーピー「大丈夫?ミッキー」
私「うん!私、大切な子供たち残してきちゃった。」
マーピー「OK、じゃあタクシー呼んであげる」
私は最後にマーピーとハグして、必ずまた近いうちに来るって約束して帰った。
今までとは完全に違う気持ちで。
家に帰ったら離婚の話をしよう。