戯れ言と独り言と書きたいこと byタクホンダ -3ページ目

戯れ言と独り言と書きたいこと byタクホンダ

ついにアメブロ始めました。
AKB48チーム8を推してるエイターです。主にエイトのことをかきます。
ツイッター(@th_akb_8)をやってますが、そこで書ききれないことをこっちに書きます。

こんにちは
更新が途切れ途切れですみません

さて、今回は第3弾です。
足羽山とは、福井駅の南東、足羽川を渡った先にある独立した小山です。中は、自然資料館や神社、公園としても整備されています。
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↑足羽川の対岸から見た足羽山

足羽山の中腹には足羽神社というものがあるのでそこに行っていました。

足羽神社とは、第26代継体天皇を祖祭神とする神社です。継体天皇とは、近江国で生まれ母親の故郷である越前国で育てられ越前を統治し、天皇がいなくなった際に請われて大和へ行ったという天皇です。

そんな足羽神社へ
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ちょうど七五三の頃ということで親子連れが多くいました。

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↑ ここでも御朱印をいただいてきました

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↑ 明治16年に建てられのちに再建された継体天皇の像、その時代に天皇の像を作れたんだと

そして足羽山に来た目的はもう一つ、1583年の賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破った羽柴秀吉が勝家の本城北ノ庄城に勝家を追い詰めた際に陣取った山だからです

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↑ 中腹からの写真ですが、北ノ庄城方面が一望できます(赤白の塔の手前あたり)

時間の都合上、秀吉の本陣跡には行ってないのですが、戦国時代が好きな私はロマンに浸っていました。
北ノ庄城を守るには抑えておきたいけど、ここを捨てざるおえないほどの戦局の悪化で最後には死を選んだ勝家の心情まで考えると…

山頂付近にはこのようなものが
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そういえば、松尾芭蕉も奥の細道の際に福井を通ってたんですね。芭蕉もこの山に登ってたのかなと考えるとまた感慨深いです。

さらに麓には、
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福井に宿泊してたとの案内が、芭蕉も福井を堪能してたのでしょうか?

さらに、
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柴田勝家や橋本左内の菩提寺がありました(橋本左内のお墓は隣の公園にあってお墓までは入れないようになってました)

足羽川のほとりには、五箇条の御誓文の作成に関わった由利公正の邸宅跡と坂本龍馬の歌碑が
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古代、戦国、江戸、幕末の各時代がコラボした足羽山とその麓
時間さえあればここに半日から一日はいるなと思うほどボリュームたっぷりでした。

第4弾  「元祖ソースカツ丼」

第5弾  「北ノ庄城址」

これまでの記事
第1弾  「いざ、福井へ」

第2弾  「福井観光へ」