6月19日.86日目.


最近読んだものをいくつか紹介します.


・川端康成『千羽鶴』

妻が日本から持ってきていたので読んでみました.茶道のお師匠さんの息子と,その亡き父の元愛人たちとの関係が奇妙に展開されていく小説です.川端さんらしい湿った裏庭のような官能の描かれ方がされています.


・Thomas Harris, Hannibal

英語の勉強というわけではないですが,せっかくなので英語で読んでみました.映画には出てこないキャラクターのひとりであるメイスン・ヴァージャーのボディビルダーの妹がいい味出しています.


・Kieran Healy, Last Best Gifts: Altruism and the Market for Human Blood and Organs

献血と臓器提供を分析対象として,利他主義が実現されるには組織・制度の関与が重要であることを主張している研究書.基本的には献血に関するTitmussの研究の焼き直しという感じもしますが,近年の社会学の理論を使ってうまく説明しているところや,脳死患者による臓器提供の供給不足を改善するためには金銭的報酬の導入も検討する必要があることをおそれずに主張しているところが貢献でしょうか.


・Rene Almeling, "Selling Genes, Selling Gender," American Sociological Review. 2007, v. 72, 319-340.

卵子バンクと精子バンクの組織的な手続きを比較した研究.人体の一部分の提供は献血のように贈与の形態をとることが多いですが,代理母とか,卵子と精子のドナーに対しては報酬が支払われています.とはいっても,純粋な市場取引ではなく,「人助け」の面が強調されたり,贈与的な要素が込められることが多いことが指摘されています.


筆者によると,卵子バンクと精子バンクを比較すると,卵子バンクのほうがドナーが利他的な動機で関与することがエージェントによってもレシピエントによっても期待されて,また,提供後には,ドナーにお礼の手紙を書いたり贈り物をすることがレシピエントに求められています.この相違をもたらす要因はいくつか指摘されていますが,その中でも特に,卵子のレシピエントが異性間夫婦であるのに対して,精子のレシピエントが独身の女性や同性間のカップルであることが強く影響していると思いました.異性間の夫婦はドナーと心理的な関係を形成することを求めるでしょうからエージェントもその期待にこたえようとするけれども,独身の女性やレズビアンのカップルはドナーに対してそのような期待は抱かないでしょうし,むしろ人格的な関係が形成されることをいやがるでしょうから,エージェントは特に取引に贈与の要素を取り入れる必要がないのだと思いました.


・Henrich et al., "In Search of Homo Economicus,"American Economic Review. v. 91, n. 2, 2001, 73-78.

ペルーやタンザニアなどの農村や狩猟社会で「最後通牒ゲーム」という経済心理学の領域でよく使われるゲームをやってみようという研究.プレイヤー1が自分の持分からプレイヤー2の報酬額を決定し,プレイヤー2が受け入れれば2人とも報酬を得られるが,拒否すると2人とももらえないというゲームです.経済合理的には,プレイヤー2は0より大きければ報酬を受け入れるはずなので,プレイヤー1は最小限の報酬を提示する,という予測が立てられます.


先進国の大学生を対象にした研究では,合理性よりも公平性を重んじるためプレイヤー1は少しは大目の報酬を提示したり,プレイヤー2は報酬が少ないと侮辱されたと思い提案を拒否する,という知見が得られていて,実際の人間は経済学が想定しているような「経済人」ではありませんよ,という主張がされています.


この実験をいわゆる前近代的な社会でやってみるとどうなるか,という研究でした.狩猟社会では単独行動が多いので報酬をシェアする傾向が弱いなどの知見が出ていて,そのなかでも,市場経済に統合されている社会のほうが匿名の人と取引することに慣れているので,見知らぬ人とも報酬をシェアしようとする,という指摘はおもしろかったです.


・Allan Silver, "Friendship in Commercial Society," American Journal of Society. v. 95, n. 6, 1479-1504.

おもしろいけどむずかしい論文.アダム・スミスなどスコットランド啓蒙主義の著作を手がかりにして,排他的ではない普遍的なフレンドシップの概念は市場社会において生まれたことを主張している論文です.市場社会以前のフレンドシップというのは味方を助け,敵を打ちのめす,という意味でしたが,市場社会が成立する中で,見知らぬ人とも仲良く共感しあいましょう,という意味に変わってきたようです.このような普遍的なフレンドシップの観念が発達することで見知らぬ人とも取引することが可能になるとスミスらは考えていたようです.こういう考え方が発達してきたので匿名の人に贈与することも行われる,ということを上で紹介したHealyも主張していました.