4月28日.32日目.


今日は家で仕事をしていて,昼休みに近くのプールに行きました.先週つってしまったふくらはぎが少し心配でしたが,再びつることなく快適に泳げました.


最近読み始めた本を紹介します.Robert Wuthnow, Poor Richard's Principle: Recovering the American Dream through the Moral Deimension of Work, Business, and Money. Princeton University Press, 1996. ひさしぶりにすごそうな本に出逢いました.このひとは宗教社会学者でアメリカ人固有の精神構造についてあれこれ考えています.


この本では,タイトルにあるように,ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』でも取り上げられているベンジャミン・フランクリン(Poor Richard)の原理が「現代」のアメリカ人の職業観や経済観にどのような影響を与えたかについて議論しています.フランクリンの原理に象徴されるようにアメリカにおけるプロテスタンティズムの倫理が人々を禁欲的に利得の追求に向かわせていたわけですが,次第に人々が利得の追求の先にあるアメリカンドリームを目的として掲げ,その手段として勤労を位置づけるようになるにつれて,仕事それ自体に意味を見出せなくなり,ある程度の豊かさを手に入れた後では,仕事に努力を向けることをしなくなるようになる,といったことなどが議論されています.


この本の中で僕が関心があるのは,アメリカでは職場などの経済の領域と,家庭やコミュニティなどの私的な領域とを明確に区別されるようになった,という議論です.序文を読む限り,仕事は幸福を達成するための手段になってしまったので,幸福が実現される私的領域とは明確に区別されるようになった,といった説明がされていました.人類学の論文を読んでいても,こういった議論が紹介されていて,未開社会ではプライベートな関係にも貨幣が入り込んでいるのに対して(葬式や婚礼など.これは日本も同じ),欧米,特にアメリカでは,このような慣行は見られないと言われています.市場経済が発達すると,その反対側に純粋な存在として私的領域を維持しようとする動きが生じる,といったダイナミズムに僕は関心があります.


関連して,市場が発達するところで慈善活動が発達するのでは,という問いが最近の妄想の対象ですが,この本の中にも,"From Community to Volunteer Organization"という節がありました.どんな議論かわかりませんが,市場が発達すると働くにしても買い物するにしても比較的関係の弱い人と付き合うことが多くなり,地域コミュニティでの付き合いが少なくなる,そうすると地域コミュニティで行われていた「他者への助け合い」の習慣が消えていって,人々が「他人のために何かする」機会がなくなっていく,人々はある程度「何かをしてあげたい」欲求をもっているのでその対象を匿名の相手に向かうようになり,慈善活動が発達するようになる,のような議論がされているのかなぁと考えています.


とりあえずがんばって読んでみます.