夕陽が沈み散歩しようと外に出ると、タヌキが近寄って来て言った。
「去年、助けて頂いた者です。お礼に参りました。」
「そんなこと、あったっけ?まっ、気にしないでね。じゃ。」
やっと日が翳り出したんだ、ゆっくり散歩したいっ。
「お陰様でようやくショックから立ち直りました。何かご希望を。」
「いや、僕、そんな良いことしそうもない人間なんだ。きっと何かの間違いだよ。僕、急ぐからこれで。じゃ。」
「おお、まってください。謙虚ですね。なんて素晴らしいんだっ!ではお供を致しますっ。どこまで?」
カナカナゼミが鳴き始めお日様が山の端に沈んで行く。僕は無視し歩き出した。
「さいきんは少子化で年金も少ないでしょ?心配ですよね。
円安で輸入物価が上がってますしね。キャベツもお高い。
給料は上がりそうも無いから、実質賃金がマイナスでしょ。お金、足りてます?」
痛いところを突いてくる。
「まぁ、だいたい足りてるよ。つましく暮らしているからね。気にしないで。」
うっかり、答えてしまった。
「水臭いじゃないですか!わたしとあなたの仲なのに!
いつも、夢はたいせつです。でっかい夢を差し上げましょう。」
いやいや、いつから、そんな仲になったんだっ。高温の夕べを歩く。テクテク。
「お金なら任せてください!わたし、恩義にかえ全力を尽くさせて頂く所存ですっ」。くらっ。
今朝もばあさんとケンカした。
高額な化粧品が大好きだなんて何年経っても信じられないっ。
美白も何もそんなにシワだらけなんだからって、つい言ってしまった。
あなたは、女の気持ちが分かってないっ!どこまで女心を傷つけたら気が済むのっ!
女はね、いくつになっても外で見染められるかもしれないのよ!と激怒なされた。
いえ、おまえ、そんな、、ほろほろ・・。
「でっかい夢、いいですよねっ!実は、公開前の株がありまして。
越後屋もびっくりなシロモノです。株式公開したらテンバガーは確実っ、10倍にはなるでしょう!」
「なんでそんなこと知ってるの?怪し過ぎるよ、ボクはその手の話はぜんぜん興味ないっ。」
そうさ、実はさんざん、騙されて来たんだよ。
「じゃ、大金持ちの通訳ってのは?お相手は素直な方なので疑われません。とうぶん、カードを無尽蔵に使えます。」
「キミの話って、怪し過ぎるものばかいじゃないかっ」
「いえ、たぶん、20億円ほどは使えるはずなんです。アメリカまで行かないとなりませんけど。」
「人のお金は取らないよ。もう、、もっとまともなものないのっ!」
いつの間にか、真剣に聞いてた。
「あっ、すみませんっ。つい、いつもの物件紹介の手を使ってました。
ほら、最初はイマイチなのを見せて置き、後の方に本命物件をお見せするっていうあのパターンです。
けっきょく、お客様の満足度、高いんですけどねぇ。。
いえ、わたし、業界ではかなりの凄腕セールスなんでございます、宅建持ってますし。へへへ」
もうすぐ、コンビニだ。抹茶アイスにしよっ。無視してずんずん歩く。
せっせと後ろついて来るタヌキが、ぽろりと言った。
「あのぉ、、わたし、嫌われておるのでしょうか・・・
ただ、わたしはあなたに助けられたのが嬉しくて嬉しくて。
なんとかお役に立ちたいばかりに・・。グスン。」
「いやいや、そんな気はないよ。ごめんごめん。つい暑くてね。つっけんどんだったかも。ごめん。」
昔から、女の子に泣かれると決まってこんなふうに困ってしまう。
なんだか納得できない。おれが犯人なの?
ほっとしたタヌキ。暑苦しい毛皮が身を寄せてきた。「実はですね」。
低い声でタヌキが言うに、近くにお姫様が住んでいてそれはそれは絶世の美人だという。
あちこちから、お金持ちが嫁に欲しいと押し寄せ、ご両親は困っているという。
とくに、サルのお大尽とカニのお大尽が煩く付きまとう。
姫様一目みたいから、出待ち用にいっぱいテントを張り、社員たちが待機する。
待つ間に飲み食いし散らかすので、ゴミの清掃車も10台編成が毎朝夕の2回、来る。
屋台も出るようになり、子どもたちがわあわあと来る。走り回る。
浴衣着た、恋人たちもそぞろ歩きするようになる。
お大尽たちはというと、塀に勝手に穴開けて覗いたり、カメラ積んだドローンをぶんぶん飛ばす。
これが近所の大迷惑になっていて、村議会でも問題になってる。
お姫様のご両親も頭を抱えてる・・。
「それが僕になんの関係があるんだっ。僕、女子はじゅうぶん間に合ってるっ」
「いえいえ、おおありなんです。
姫様の敷地には、確実に徳川の埋蔵金がありまして、それをサルとカニが実は狙って争ってます。
この近くのはずなんですがね。今、場所を思い出しますね。むむむ・・。
まっ、とにかくそれをですね、横からすっとですね、、」
ペースをあげ、コンビニ目指す。タヌキが大股で追いつこうとする。
付き合ったじぶんがおバカすぎた。
コンビニで抹茶アイスがぜひ欲しい。
どんどん大股で振り払う、、つもりだった。
2本並んだ杉の木を左に曲がった。
「あれ?いつものコンビニがない!あれれ??
道を間違ったのかな?うん?ありゃなんだ!」
道後温泉のウンチャラ宿みたいな、千と千尋みたいな、巨大な宿屋がぬっと現れ、各部屋は灯りばんばんに。
いつの間に日はとっぷり暮れてた。
「あっ、ワープしたんです。あれ?ここは来たことないなぁ・・・。戻れるかな?」
なにやら、タヌキが不安なことを言う。見ると、目が泳いでる。
タヌキを責めても仕方無いだろう。
そうだ、宿屋の入り口に立って呼び込みしてるカオナシに聞いてみよう。スタスタ。
カオナシが言うに、迷い込んだのだろうと。
夏の暑い夕方には、ちょくちょく時空が曲がって、さいきんはあなたのような人がよく来る。
落ちぶれたサラリーマンが多いという。夢を探してるんだろうと。
悪かったなっ!落ちぶれててっ。
気を取り直し、戻るには?と肝心なことを聞いてみた。
いったん、月まで行かないといけないという。
ええ”-っ!なんで、そんな遠回りせにゃならないのぉ!ぜんぜん分からない!!!
明日は会社で重要な会議があるんだった。ぜひぜひ、戻らねばならないんだっ!
タヌキがそれだったらと、横から言い出した。
「今夜、月から使者が姫様の屋敷に来ます。
月の生まれですので、実家が姫をつれ戻すんです。
その一向に紛れ込めばよろしいでしょう。いえ、必ずうまく行きますって」。
見ると不安げなタヌキの目がまた泳いだ。
この話、どこかで聞いたことがあるぞ。スターウォーズだったか、宇宙戦争だったか。。
SFしか読んでないので、ぜんぜん自信が無い。
カオナシが言うに、姫様のお屋敷はこの宿屋のすぐ裏手だというので、裏に回った。
「春はアケボノ」と書かれたノボリがあちこち立ってる。
「そちらは壇ノ浦」という標識を右に折れたところに、それらしき屋敷が。
おお、、塀に沿って、数百どころか、数千のテントが立ち、なんだか雰囲気が完全にヤバイ。
「タヌキくん!、タヌキくん! 腰にカタナ差し、ヨロイに身を固めた者が、数千いるんだけど。」
「ああ、ほんとだ!やばいですっ」
お姫様をぜひに手に入れたい。
月の使者をぜったい追い払おうと、サル大尽もカニ大尽も、最新兵器で準備万端。
得意のドローンで攻撃だ。米軍ご用達の矢もあるぞっ。
松明に煌々と火がともる。人たちの気配がひりひり、ぴりぴりだ。
なんでこんなことになったのか、ぜんぜん分からない。。。
タヌキと息を潜めて使者をひたすら待った。
12時の刻、まんまるのお月さんを背に、かぼちゃの馬車がリンリンと屋敷目指して空から降りて来た。
最初は遠くて分からなかったけど、御者台で使者と思しき女性が月を背にして立っているではないか。
かなり、若い。凛々しい。まさかだが、セーラー服を着ているようにも見えるっ。
おお、、何か叫んでる。使者側も気合がパンパないのだ。
「・・・・!お、し、お、き、よっぉー!」とか聞こえるが、何言ってるのかよく分からない。
渡してはなるものかと、一斉にテントから出たお大尽の部下が数千の矢を放つ。ドローンも体当たりに行く。
と、閃光が空1面を覆った。ぴっか-。。。。
わたしは、なぜか、これを見てしまうとなんにも見えない目になっちゃうからと、先に目を閉じた。
そうだ、メン・イン・ブラック。だろう。
お姫様がしずしずと庭を進む。
ちゃっかり、わたしとタヌキはそばにかしずき、お付きの者のふりをした。
そのまま、姫様の後に付いてかぼちゃに乗り込む。
目がメクラになったタヌキの手を引いて、しずしず。
すぐに、シャンシャン、しゃらしゃと、鈴付けたかぼちゃ馬車が月目指して駆け上がった。
姫様の両親が泣いて手を振る。小さくなるお屋敷、村、河。。
アポロでさえ、往復にかなり時間がかかったのだ。ああ、、もう会議に出るなんて完全に無理だ。
明日はほんとにほんとに大事な会議があるんだっ。
タヌキに会ったばっかりに、僕のサラリーマン人生がおわるのか・・
シャンシャン、しゃらしゃと、鈴付けたかぼちゃ馬車が月目指して進む。ぐんぐん。
誰も怪しまないことをいいことに、わたしとタヌキは馬車の隅っこで横になった。
タヌキはすぐに熟睡した。
暑苦しい顔が汗と土埃で汚れてる。毛がごわごわし、手足が短い。
彼を見てたらわたしの目からなにかがほろり零れた。いつのまにか、じぶんも寝てた。
目が醒めた。
月からいつの間に帰って来たのか、じぶんの家の前だった。
助かった・・・。
わたしの顔を覗き込んでたタヌキが、嬉々としていった。
「いかがでございましたでしょう。金曜ロードショーでした。
いえ、ほんとは木曜日、あなたの会議のある日ですから、木曜ロードショーでした。
夢の大冒険シリーズは他にもいろいろあるんですよぉ。楽しみですねっ!
わたしたちの一生の思い出になりましたねっ!」
わたしたち?
いったぜんたい、なんのはなしです火っ!