私がキレてからというもの、私は完全に浮いた存在になっていた。

旦那だって実の父親をけなされていい気はしないだろう。

結局は、そのなかで育った家族なのだ。

私はよそ者。

親子なら許されるだろうが、嫁である他人の私が許されるはずもなかった。



私が悪かったのかもしれない。

必要以上に関わらないようにしたり、よそよそしくしていたから誤解されていたのかも。

積極的に打ち解けようとしていたら、今の状況はかわっていたのかもしれない。










離婚が頭をよぎる。

これから先うまくやっていけるんだろうか。

しかし、子供のことを考えると…。

簡単に答えなど出せるはずもなかった。
子供が産まれ少しは嫌みも収まるかと期待したが正反対だった。

ますます口うるさくなる一方で…( ̄▽ ̄;)

その事を旦那に言うと、またケンカになるので言わなかった。

そりゃあ、腹も立つけど私が我慢すれば丸く収まるのだ。

むしろいないほうが上手くいくんだろうなとさえ思っていた。

だから、できるだけ義両親とは関わらないようにした。

顔を合わせなければ文句も言われない。

何の解決にもならないけどそれが精一杯だった。

しかし、我慢にも限界があった。

義父の一言で、いままでの不満が爆発した。

『アイツはろくでもない嫁だ。俺だって我慢してるんだ。』

その言葉を聞いた瞬間、涙が溢れてきて…気がついたら叫んでいた。

『何がそんなに気に入らないんだよ! テメェが我慢してるんだったら、私は何なんだよ!? いつまでも黙って聞いてると思ったら大間違いだよ! ふざけんのも大概にしろ!!』

キレちゃったのだ(;´д`)

もう我慢ならなかった。

ストレスで胃痛に悩まされ、オマケに子供も早産になってしまった。

お腹には二人目の子供がいるのに、全く関係なしに肉体労働。

私たちは義両親と別居する事にした。

もうあんなのに振り回されたくない。

ただ幸せになりたかった。
結婚して、私はNさんの実家で両親と同居する事になった。

義父は歯に衣着せぬ…というか口うるさく、顔色変えずに嫌みを言う人だ。

義母はいい人で、私に気を使ってなのか『義父のことを嫌いだ』と言うものの、毎日両親がケンカするなかで育った私には仲がいいとしか思えなかった。

義父の性格がワガママな私には合うわけがない。

しかし、嫁という立場で何も言えるわけもなく『はい』と言うだけだった。

つまりお互い我慢していたのだ。

義父は口うるさく言うと義母に阻まれるので何にも言えず、

義母がいないときには、ここぞとばかりに嫌み連発。
それは、家事のことから私の身なり、生活費や私の家族のこと、果ては携帯の請求書の封筒を空けて、『使いすぎ』だと。

理由なんてなんでもいいのだ。

ましてお酒を飲むと最悪だった。

唯一の救いは、旦那(Nさん)が私のことをかばってくれることだった。

しかし、私をかばうことで義父と大喧嘩。

それが、ほぼ毎日だからたまったもんじゃない。

子供の頃のトラウマもあり、大きな声や音が怖かった私は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。