初めての入院でした…。
検査の結果を聞きに行くだけ…。
ただそれだけだと思っていました…。
「大変な事になったね…。このまま入院だね…。」
事務的な言葉に心が折れた…。
何処をどう歩いたか
覚えて居ないほど
気が動転して
病室まで歩いて来ました…。
気が付けば私は夫に
手を引かれていました…。
ぎゅっと握られた掌…。
その握られた強さで
現実に戻っていく…。
「しょうがない、しょうがないよ…。」
夫のその言葉が
何とか私の心を代弁してくれてる…。
急な入院になって
夫が売店で必要な物を
買いに行ってくれてる…。
同じ病室にはお隣り同士の
患者さん同士が談笑してる…。
私は一度カーテンを締めて
現実を受け止めようとしてる…。
昨日まで居た世界から
今日と言う日は
世界がまるで変わってしまった…。
もう昨日には絶対に
戻れない事を涙が教えてくれる…。
「入るよ…。」
夫が静かに病室のカーテンを
潜ってきます…。
コップを二つ
歯ブラシ
石けん
タオル数枚
バスタオル
シャツと下着
パジャマを
買って来てくれました…。
「なんか、旅行に来たみたいだね…。」
無理して笑ってみた…。
「そうだよ、ちょっとした旅行だと思ってさ…。」
そう言って夫は笑った…。
二人して無理して笑い合った…。
夫はやり残した仕事を
片付ける為に会社に向う…。
私は窓越しに
夫が急ぐ姿を見送ります…。
その時
窓ガラスに何かを見つけた…。
いつか図鑑で見た
「カゲロウ…。」
ここは9階なのに
カゲロウは羽根を風に揺らして
窓ガラスに張り付いてる…。
確かカゲロウは
この世の中の生き物で
一番、短命だと書いてあった…。
1日〜数日の命…。
その短い時間で
子孫を残さないといけない…。
「こんな所で何やってんだよ!」
思わず声が漏れた…。
こんな所に居たら命が無くなるよ!
心でそう伝える…。
10分…。
30分…。
1時間…。
カゲロウは窓ガラスから
離れようとはしない…。
ふと、そのカゲロウが
何だか母ちゃんに思えて来た…。
「母ちゃん、私が心配で形を変えて来たの?」
窓越しに訪ねてみた…。
カゲロウは只管
風に身体を持っていかれない様に
窓ガラスにしがみついてる…。
それを見ていたら
勝手に涙が溢れてた…。
「分かった、分かったよ母ちゃん…。私、治療を頑張るよ…。頑張るからもういいよ…。」
そう言った…。
それから何時間も
カゲロウは窓ガラスに付いたままでした…。
夕食も食べずに只管
窓ガラスのカゲロウを
見ていました…。
夜、消灯の時間にそっと
携帯電話のライトで窓ガラスをあてる…。
まだカゲロウは窓ガラスにいます…。
窓ガラスに手を当てて
「母ちゃん、ごめんね、ありがとうね…。」
その一言を言うと
急に睡魔に襲われて
意識を無くしました…。
朝、窓から差す日差しで
目が覚める…。
慌てて窓ガラスに目をやる…。
そこにはもうカゲロウは
いませんでした…。
朝の日差しが
その温かさが
カゲロウの行くべき場所に
戻してくれたんだね…。
あのカゲロウはきっと母ちゃん…。
いや、絶対に母ちゃん…。
カゲロウに誓うよ…。
どんな辛い治療でも私は負けない…。
まだカゲロウに感謝を
言っていないから…。
次にカゲロウに会えるまで
私は死ぬ訳には行かない…。
それが私がやり遺した事だから…。
いつも心に
「ありがとう…。」の言葉を
持って生きて行こう…。
カゲロウに急に会えるかも
知れないから…。
カゲロウと母ちゃんに誓ったんだ…。
私は死なないって…。
神様は要らない…。
私にはカゲロウと
母ちゃんが付いて居るから…。
家には私がいつでも帰って来るのを
待ってくれる夫と娘が居るから…。
病気と言う
理由のわからないものに
絶対に負けてなんてたまるか!
