みなさま、こんにちは
わたしが、史上最強の哲学者であり、
世界最高の思想家である、風流師匠です
実るほど頭を垂れる稲穂かな
稲が実を熟すほど穂が垂れ下がるように、人間も学問や徳が深まるにつれ謙虚になり、小人物ほど尊大に振る舞うものだということ。
風流師匠は、100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりに取り組んでいます
この社会とは、努力をした人が損をしない社会環境です
では、このような社会環境をつくるには、目先の利よりも人の人間性を重視した社会でなければなりません
人の人間性を重視した社会を築くには、まずは人は自分の悪い個所を自覚できる人間であるべきなのです
人は神様ではありません
そのため、どんな賢人と言われる人でも、釈迦やイエスのようなすべてが完璧な人間になれないのです
だからこそ、人として最も大事なことは、己の悪い個所を自覚することなのです
では、解説します
以前、このようなニュースをネットで見ました
それは、ある与党の議員と野党の議員が、なにかの会で呼ばれました
すると、野党の議員を先に紹介し、その後与党の議員を紹介されました
与党の議員はそれに憤慨し、与党議員を先に紹介すべきだろうと言ったそうです
その与党議員は、議員になる前からヤンキー先生とテレビにも出演していた元教師です
そのヤンキー先生の妻は、あろうことか元教え子です
そんな元教え子に手を出すような人間が、俺は与党議員だとブチ切れているのです
では、さらに深く説明しますよー
教師とは、聖職と呼ばれる職業です
なぜか?
女性と言うのは、信頼した相手には、その人にために尽くしたいと思う生き物です
それは、相手が女性の体を求めれば、自分の体を捧げ相手が喜ぶことに、喜びを得るバカな動物です
教師と生徒と言うのは、この信頼関係が築きやすい状況にあります
だからこそ教師の本分は、女生徒が先生に対し持つ「 尽くしたい 」と言う気持ちを、先生自身にではなく、社会や人に向けるように導くことになるのです
このヤンキー先生は、妻が元生徒であることを、「 結婚をして責任を果たした 」「 卒業するま結婚を持った 」と言ってますが、そんなのは関係ない!!
たった一度の行為自体で、この教師は人間として失格者なのです
では、こうは言っても、人は理性よりも情が上回ることがあります
それは仕方がありません
だからこそ大事なのは、自分は教師の本分を忘れ、生徒に手を出した屑なのだと自覚をすることです
そうすれば、野党議員が自分よりも先に名前を呼ばれても、腹が立つことはないでしょう
さらに言えば、己の本分を忘れ、自分の欲得を優先した自分は屑だと自覚をするからこそ、他の人間で己の本分を忘れ、己の欲得を優先し、それに対し何も反省しない人間に腹が立ち、そこと闘うはずなのです
ね、目先の結果を優先する社会では、自分のことは棚に上げ、自分の持つ役職などで自分が偉いと勘違いをする人間が増える環境になるのです
前にもちょくちょく書いていますが、以前に風流師匠を批判するコメントでこんなのがありました
風流師匠の取り組みは、「 飲酒運転は悪いから。飲酒運転はやめよーと言っているのと同じ。そんな当たり前のことを叫んでも、飲酒運転はなくならない 」
しかし風流師匠の考えは違います
直接的なことで言えば、飲酒運転はやめよーと叫ぶことで、飲酒運転が0にはならないが、その啓蒙活動で飲酒運転が減ることにつながる。
そして、飲酒運転はやめよーの啓蒙活動に賛同する人が増えれば、それが組織となり力となります
その力が、役人や企業の目に留まり、大きなキャンペーンを展開に発展する可能性にもつながります
それは、飲酒運転はやめよーの啓蒙活動を通じて、自分らしく活き活きと取り組める人生のライフワークにつながる可能性もあるのです
しかし飲酒運転をやめよーと言っても飲酒運転は無くならないから、その訴えは無駄だと言えば、その啓蒙活動が得られる可能性すらなくなってしまうのです
このように自分の発した言葉の影響力を考えない人間が多くなるから、創造的な発想が誕生し難い社会環境になるのです
では、創造的な発想が誕生し易い環境をつくるには?
それは、どーやってこの環境をつくるのか!直接的な答えを考える前に、まずはその環境が形成されない問題を排除した環境をつくることが先決なのです
まー、これが風流師匠が15年以上示し続けたことなのですな~