みなふさんのコメントの感想 | 自己超越から自己認識への導きサロン

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100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりのために

みなさま、こんにちは


わたしが、史上最強の哲学者であり、


世界最高の思想家である、風流師匠です


先日、みなふさんという方から、私の考えの指摘を頂きました


http://ameblo.jp/atarimae/entry-12080044500.html




では、みなふさんの感想をお話します


みなふさんは、そのコメントから、精神性は未熟だが、人間性は良い人だと見受けられます


みなふさんは、風流師匠の悪い箇所を指摘し、自分の考え述べ、その考えに沿って、風流師匠の悪い箇所を証明する書き方には、好感が持てました


それ以前の風流師匠の批判コメントをしてきた人間だと偉い違いです


それまでの批判コメントの連中は、風流師匠の悪い箇所を指摘し、風流師匠の言葉の揚げ足を取ることで風流師匠を否定する、それは風流師匠が怒ったり、困ったりするのを楽しむような人間性の連中だからです


それに比べると、理路整然と自分の考えを示した、みなふさんの書き方には好感が持てました



まー、ただ精神が未熟なので、少し考えが稚拙でしたけどね


その稚拙さの第一は、風流師匠の指摘部分が、風流師匠の本質の部分ではなく、「 世界最高の、史上最強の 」と言う言葉に不快感を感じることですね


それは、精神が未熟な人間すべてに共通する部分です


なんか、風流師匠は、良いことを言っているようだが、言い方がムカつく!!


この正しいことよりも、己の感情を優先する大人の精神性が、


なんか、こいつムカつくから、虐めちゃおうぜと言う子供の精神性になるのです


そして、精神が未熟な人間は、それが理解できないのです


それをバカの壁と言います


バカな人は、自分が何を理解していないのかが理解できないのです



今回、みなふさんのコメントを利用して、風流師匠の考えをいろいろと示しましたが、一言で言えば「 根本意識 」の違いだけなんですよね




根本意識


みなふさんは、風流師匠の流儀で言えば、自分には信念があると言いました

しかし、それは肝心な箇所を理解できていないこと認めた考えです


抽象的な善意の考えは、すべての人が幸せと言う妄想を理想とします


抽象的な善意には、善悪の基準が明確にないため、すべての人の意見を大事にという、なんとも摩訶不思議なことを言い出します


ここでの一番の問題は、信念が無い人間が、自分には信念があると言える、精神性がおかしいのです


目先の結果を優先する社会は、やった者勝ち、言った者勝ちとなり、その言葉のバックボーンなど大事にされなくなります


そのため、自分の言葉を軽はずみに発することが自然となり、ネットのような匿名性の場ではそれが顕著になります


だからこそ、風流師匠は、人が自分の言葉に責任を持つ意識となる社会環境を目指しているのです


信念がないのに信念があると言うような精神性の大人が増えることで、精神性の弱い子供が育つ社会になると言うことを、子供たちが判断できる社会です


子供たちが大人の言動で、大人の精神性を見抜ける社会となれば、大人は嫌でも己を律するようになりますね



でも、今の現状では、信念がない人間が、私には信念があるとウソをついても、それが恥ずかしいことだという社会意識ができていないため、風流師匠の考えは伝わりにくいのです


じゃー、このような社会状況で、風流師匠が目指す理想を実現化するにはどーすれば良いのか、風流師匠の想いをわかりやすく伝えるにはどーすれば良いのか、具体的なことを考えることが出来るのです



ね、根本なんですよ、根本


それには、何が正しいのかを知ることで、正しくない己の箇所が理解できるのです


それは、人の悪い箇所を見るよりも、まずは己自身を改善する行動になるのです


簡単でしょ