信頼とは、真摯さへの確信 | 自己超越から自己認識への導きサロン

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みなさま、こんにちは。


私が世界最高の思想家であり、史上最強の哲学者である風流師匠です。





信頼とは、真摯さへの確信


世界一の経済学者と言われた、ドラッカーは、このようなことを言っています。



信頼するということは、リーダーを好きになることではない。


つねに同意できることでもない。


リーダーの言うことが真意であると確信をもてることである。


それは、真摯さという誠に古くさいものに対する確信である。




私は、未来の子供たちのために、よりよい社会つくりに取り組む組織のリーダーを目指しています。


私は、自分の理想を実現する組織をつくるために、自分の考えを、このブログを通じて示しています。




真意とは、本当の気持ち・意向。また、本当の意味


私の真意 100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりとは、自分が育てる子供(将来の子供)を、目先の欲や己の感情に惑わされず、自分のやるべきことを貫ける心の強い人間に育てられる大人が育つコミニュティーをつくることです。



真摯とは、まじめで熱心なこと。また、そのさま。


私の真摯さ 私は、自分の理想を実現するために、自分の築き上げた生活の安定を捨て、何年も継続して努力をしています。




ドラッカーの言葉を見て下さい。


信頼とは、相手を好きになることではないのです。


信頼とは、相手の「 真意 」と「 真摯 」に、共感を受けることです。


私のブログに対し、己の感情論を言い、私の考えを批難するブロガーがたまに現れますね。


このような人間に共通することは、私の「 真意 」と「 真摯 」の部分は、まったく興味示さず、私の言葉のあげ足ばかりを取ろうとするのです。


それは、厳しい言葉を言う私に感情的になり、私にイチャモンを付けてくるのです。


愚かでしょ。




つい、先日も、ブロガーおっせかいは、私のブログのコメント欄に、「 つまらん! お前の話はつまらん!」と捨て台詞を残しました。


私の話は、面白いはずがありません。


なぜならば、私の話は、自分の信念を貫くために、自分が築き上げた生活の安定を捨て、人から批判、中傷を受けながらも、自分の生き方を貫いた人間の言葉です。


私は、この生き方から学んだ価値観を示し、私のような生き方をしなくても、自分に厳しい人間の価値観で物事を考えることが出来る方法を教え、自分の人生の逆境に負けない心の強い人間が育てられる大人になってもらおうとしているのです。


これは、自分の言葉の責任が及ばないネットでしか自分の意見を主張できないような心の弱い人間に、己の心の弱さを直視させ、己の生き方や考え方の愚かさを自覚させ、心の強い人間が育つ環境の作り方を理解させることなのです。


己の心の弱さを直視し、己の生き方や考え方の愚かさを自覚することは、楽しいことではありません。




私の思想、哲学は、自分の人生経験から導き出した答えです。


それは、風俗業界と言う最もモラルの欠けた場から、モラルを重視し、目先の欲の誘惑に負けず、正義を貫ける人間を育てるには、どうしたら良いのかと言う、哲学、思想です。




ドラッカーが言うように、私は自分の意見をすべて同意してもらおうとは思っていません。


そのため、私に対しての質問や意見は、真摯に受け止めます。


ただ、私の「 真意 」と「 真摯 」を重視する人間であれば、私に対しての質問や意見をするときも、私のつくる場が乱れないような意見の仕方をしますよね。




では、私の「 真意 」や「 真摯 」に興味を持たず、己の好き嫌いの感情で、会話をしてくるブロガーおっせかいの、私への意見の仕方はどうでしょうか?


世界最高と史上最強とか名乗っている割には、度量がせまいですな、わははは。


ラッセルの「哲学入門」から勉強しなおしたらどうですか、今のレベルではそれさえも理解できないでしょうけれど。


裸の王様が哲学とは、ははは。


あなたは一体何人の友人をお持ちですか




私は、このようなことを言ってくるバカな人間の言葉に腹を立てているわけではないのです。


大事なことは、人は、自分の責任が及ばない場での言動こそが、その人の人間性があらわになるのです。


そして、人の人間性があらわになることが、もうひとつあるのです。


それが、自分の子供を育てるときです。


ブロガーおっせかいのように、自分の言いたいことだけを言い、都合が悪くなると、捨て台詞を吐くような人間性の大人に育てられる子供のことを、私は憂いでいるため、相手の人間性の悪い箇所を、私は指摘しているのです。


しかし、人の「 真意 」や「 真摯 」を見ることが出来ず、物事を好き嫌いでしか判断できない人間は、私の考えは理解できないのです。