言い訳です | 自己超越から自己認識への導きサロン

自己超越から自己認識への導きサロン

100年後の未来の子供たちが夢や希望が持てる社会つくりのために

未来の子供たちのために、一日一回クリックお願いします。



精神世界ランキング にほんブログ村 哲学・思想ブログへ






みなさま、こんにちは。


私が、世界最高の哲学者であり、史上最強の哲学者である風流師匠です。




最近、私は仕事が忙しくて、無知の羊さんの回答を、なかなか集中して考えることができません。


何度か、無知の羊さんの回答を書こうと取り組んでいますが、記事を書いては、この言い方だと人に伝わらないなと思い、何度も何度も書き直している最中です。


無知の羊さんは、「 要は師匠の『善悪』の基準をお示しくださればよろしいわけです。」


これだけを説明するのは、とても簡単です。




私の考える善とは、自分の正しいと思ったことを貫くために、目先の金や己の感情(性欲)を求めることよりも、正しいことを追求する生き方をしたときに知る価値観が「 善 」です。


私の考える悪とは、自分の生活を守るために、目先の利益を優先したり、現代社会は正しいことが出来ないのは仕方がないと、己の心を妥協した生き方から知る価値観が「 悪 」なのです。



私は、このブログを通じて、読者の方々が「 善 」の意識で物事を考えることができるように、「 善 」の意識を知るための考え方を伝えようと努力をしています。


まず、皆様に知っていただきたいことは、善悪の基準と、良い人(好きなモノ)悪い人(嫌いなモノ)の考えは、まったく別なものです。


善悪の基準とは、普遍的なモノで、時代や環境が変わっても変わる事のない価値観です。


好きなモノ、嫌いなモノの考えは、人によって変わるモノなので、その人個人には価値があっても、すべての人に当てはまる価値ではないのです。


では、暇つぶしでアベックを襲撃する人間も、「 善悪 」の基準でその人間を見れば、十分に価値のある人間になる可能性があるのです。


私の好き、嫌いの考えで、暇つぶしでアベックを襲撃する友人を評価すれば、真面目で良い人になるのです。


では、「 善悪 」で物事を考えたときの説明、私の好き嫌いで物事を見たときの説明、二つの説明があります。


私は、このブログを通じて、善悪の基準の説明は、何度も何度も話しているつもりです。


しかし、これが伝わっていないから、無知の羊さんは、その基準を教えて下さいと言われています。


では、暇つぶしでアベックを襲撃する友人を例にして、私が考える基準を説明しなければなりませんね。


あまり細かく説明しすぎると、私が何を言いたいのかがわからないと思います。

では、おおざっぱに語れば、それは、私が考えていることをまったくイメージできないモノになると思います。


どこまでのことをどのように語れば、人々に理解されるのか、それを文字だけで、結構大変なことなのですよ。


だから、私は、自分の考えを説明するよりも、「 善 」の意識で物事を考える方法を示すことで、私が細かい説明をしなくても、正しいことと正しくないことを判断できるようになって欲しいと思っているのです。




次回の記事は、とりあえず、おおざっぱに私の基準を説明し、そこからわからないことや更に詳しく説明して欲しいことをコメントでいただき、またそれを説明していく方法で、私の考えを書こうと思います。


ただ、あす、あさっては、パソコンに向き合う時間はないと思うので、もう少し待って下さい。