現在の工程とはほとんど関係ない話です。
家づくりの過程においては色々な場面で見積りを出してもらう事があります。
家づくりだけでなく、仕事や生活の中でも見積りを出してもらう事があります。
で、良くあるのが「見積り無料」パターン。
家づくりでは、ハウスメーカーや施工業者に対して相見積りを取る場合、受注できなかった業者さんはいわば無料で見積りをした事になります。
「見積りだけなら無料」
世の中的にそんな風な風潮がありませんか?
が、絶対にそんな事は無いです。
見積りに手間が掛かっている時点で、見積りで出てきた商品・サービスの価格には見積りを作成するのに必要な人件費がオンされています。
たとえ見積りを作成している人間(もしくは組織)にその意識は無いとしても、コストをかけて作成し、その商品・サービスで利益を上げている以上、絶対にそれは価格に反映されます。
と言うより、価格に反映すべきものなんです。
特に相見積りなど、無駄になってしまう見積りが発生してしまう事が前提となる場合は。
「うちはそんな事ないよ。本当に無料でやっているよ!」という方もいらっしゃるかもしれませんが、誇れる事ではありません。ぜひともそのコストを価格に乗っけて下さい。
そのコストを価格に反映していないとすると、社会とすると非常に困るんです。ちょっと大げさかもしれませんが。
見積りコストを価格に転嫁せず、同じ利益を上げようとするのであれば、簡単な解決法は固定費の削減です。
賃金を減らしたり、人件費をかけない労働時間を発生させたりと・・・
いわゆるブラック
なやつです。
同じ価格の商品・サービスを売るのによりたくさんの労働力が必要になる・・・
労働生産性の低下、単位労働コストの低下です。
労働生産性の低下、単位労働コストの低下は、人的資源を無駄にしデフレを加速させます。
無料の見積りが日本のデフレを加速させていると、そんな大げさな事は言いませんが、「安ければ安い程良い」「競争に勝つためには価格だ!」「この程度のことは無料サービスで当然だ!」的な発想が、日本の労働生産性を低め、賃金水準が高まらない要因の一つであることは間違いありません。
amazonとヤマトの事だったり、もやしだったり、牛丼屋だったり・・色々なところで問題になっています。
適正な仕事に対しては適正な対価を支払う。
お互い納得して仕事を行う。
当たり前の事です。
そのための見積りは必要だし、特に建設業界のように情報の非対称性が顕著で、発注側に適正な水準がわからない場合には、見積りは必要な行為だと思います。
が、ただ自分が払うお金が少なければ良いという、邪な考えを前提とした見積りは、私自身は嫌いです。
発注者は見積りを取るのであれば、発注しなかった場合にも適正な水準を教えてくれた対価として、そのコスト分は負担すべきです。
そして、業者は適正な手間と利益を考慮した上で、有料のサービスとして適正な見積りをして発注者に適正な水準を知らせるべきです。
その価格を発注者が負担出来るかどうかは別問題として。
まぁ、きっと、もともとはそういう慣習だったのが、いつの間にか安い方が勝つという価格競争入札みたいになってしまったんだろうと思いますが。
大分話が発展してしまいましたが、無料の見積りが無料と思っていらっしゃる方。「とりあえず見積りだけ」のその一言、そのコストを誰かが負担していること、巡り巡っては自分の身に返ってきていることを認識していただけたらと思います。
あ、わたくし別に業者側の人間でもなんでもないです。
仕事で見積りを作ったこともありませんので、受注できなかった場合のがっかり感を味わった事もありません。
ただ、自分の中で当たり前の事が、当たり前ではない世の中にがっかりする事が多いので、書いてみました。






