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○あ、写真は友達の家に出来たバナナのチビスケ。ちゃんと完熟バナナ味だった!


で、浜の貝だけどね、
誰かが一生懸命作って、生きて、残した貝を、波が、そのリズムに合わせて優しく削り 打ち上げられた浜で、南の太陽にさらされ
白く清潔に、二つとない形に仕上げられた宝物。

貝にも縁がある。

「その貝」に出会えるのは、その日、その時だけなんだ。

重い貝は翌日には白
い砂に埋もれる。
軽い貝は次の潮でまた海に運ばれる。

だから、拾う事の出来た貝は、縁のあった貝だけ。
そう思うと、どれもこれもイトオシイよね。

貝そのものの持つ色は思いもかけないものがある。
表が地味でも裏を返すと目を見張るような紫をもつものもある。
縞の一つ一つが細心の注意を込めて描いたようにしか思えないもの、フォルムのカーブが息を飲む程美しいもの。
欠けた貝も、波が作った形はやはりとても美しい。

この世の貝を、神様が創ったものであるなら、真に神様こそは 天才中の大天才。
そんな風に言ったら、信仰してらっしゃる方には失礼かな。

なにしろね、美しく無い形は一つもない。
どれもこれもが 精一杯のオシャレを懲らした色と柄。

そしてね、なんと反対巻きの巻き貝は一つもない。
ホラ貝、ザザエ、夜光貝、クモ貝、ティラザ、タケノコ貝、水字貝、その他名前を知らない全部の巻き貝が、みーんな右巻き。
人間に時々いるようなヒダリマキの奴は一つもない。
突然変異、変わり者、捻くれ者は一つも見付からない。
見事な緊張をはらんだ美しいカーブが繰り返されて それぞれの種類の貝になる。

だけどね、傷や凹みはあるんだよ。
その時期、その貝が食料なかったか、病気になったか敵に襲われたか、悩んだり苦労したりした跡。
生きてきた証拠。

それらを含めて、欠けてても割れてても その形それこそが完璧。

やっぱり神様は天才だ。

天国で会ったら(勝手に天国に行ける事にしてるけど、ヤドカリに訴えられるかもね) 本当にあなたは凄い天才だって言いたい。
失礼かな?でも どうしても伝えたいくらい感心してしまったんだな。

拾うのはとても楽しい。
あ!めん玉だとか、耳だとか言いながら拾うから 聞いてる人がいたら、まるでバラバラ殺人。

浜に着くと 誰も横から取ったりしないのに、つい走って拾いに行ったりして、そんな自分が自分で恥ずかしい。
ちょっとしたバーゲン会場気分。お金払った事ないけど。
だからかな、宮古にいると購買欲が満たされるのか、あまり買物しないですんじゃう。

ベーちゃんママや友達のMちゃんもよく一緒に拾いに行くんだけど、結構楽しんでもらえてるみたい。

女の人のストレス発散には買物が一番なんだって。
別に、Mちゃんやベーちゃんママがストレス貯まってるって意味じゃないけど。
だからストレス貯まって、買物しまくる、そんな人には貝拾いは良いかもね。ゴミ拾いなら もっと偉いけど。


でも、ここ10年で驚く程、貝の種類も数も減った。
大きさも小さくなった。
大物シーサーを作るときに使う、30センチを超すシャコ貝なんかは、昔拾って大きなプラスチックの衣装ケースケースに入れてとっておいた物を使うしかない。

浜が変わって、海が変わって、いつか、シーサーを見ながら、昔はこんな貝があった島だよって話すようにならなきゃいいけど。

あ、またこんな時間になっちゃった。
貝が自分で場所を選ぶ話はまた明日。
ひっぱるなぁ~。
すみませ~ん。