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鬱の言い分

うつ病・不安障害で退職し闘病中の男が、
いつか振り返るためにその時の気持ちや症状を書き留めるブログ。

同じように困っている、困りそうなあなたの、
健やかな人生を手助けできますように。

好きな歌手や芸能人とか、

好きなスポーツチームだとか、

作家や、作品自体についてもそうなんですが、

貶められているのを見ると、

自分の事のように傷ついてしまう時があります。

 

大好きな中村一義の「いつか」という歌のなかに、

「好きなものは多いほどいいのに」と言う箇所があって、

学生の頃からこの歌詞をことあるごとに思い出しています。

 

際限なく、多くのものを好きになれば、

色んなものが好きという人がいる世界で、

いろんな人と気が合うだろうと思ったのです。

 

けれど、気がつけば、

ある何かが好きな人は、

別の何かが好きな人に対して排他的で、

攻撃的でさえある景色を、目にする事が多いのです。

 

殊、ネットでは、

なぜこんなに、と思うほど、

特定のアーティストやスポーツチームに対して、

辛辣な書き方や、

時に暴力的な言葉を、

どうやら多数の人間の書き込みによってなされているようです。

 

好きなものは好きのまま、

嫌いなものは、触れずにいればいいのに、

わざわざ出向いて貶めて満足しているのを見ては、

非常につまらなく思います。

 

自分が好きなものをけなされるのは、

おそらく全ての人がいい気持ちしないだろうと思うのに、

何故、放っておいてくれないのか、

悪く言わなければ気が済まないのか、

考えると暗澹とした気持ちになってしまいます。

 

当然、

声が大きい事は多い事とはイコールではないはずです。

 

静かに自分の好きなものだけを楽しみ、

わざわざ他者を貶める事はしない人は確かに存在しているのでしょう。

思いやりのある人は、

思いやりのない人を上回っていると、

感じられる瞬間もあります。

 

それでも、

誰も傷つないよう、争わないよう願う人が、

生きていける世界とは思えません。

 

競り勝ち、欺き、蹴落とした人が、

痛む良心を堪えられたら、

あるいは良心が痛まなければ、

博愛的な人間よりも、

間違いなく社会的に上回る気がしてなりません。

 

それは、愛が報われないつまらない世界のように思えます。

 

けれども、

何より一番腹立たしく、口惜しい事に、

私は今日も、何も出来ず薬を飲んで眠るだけなのです。

 

 

退職してから思いのほか長い時間が経ってしまいました。

まだお医者さんから復職可能の証明書を貰えないでいます。

後悔は、勿論多いです。

「もっといい方法は無かったか?」

と考える事はたくさんあります。

信じて同僚に相談した事が、

ねじ曲げられて上司に報告された事を思い出しては、

自分の弱さや迂闊さを呪います。

ほんの少し我慢していれば、

忘れられるくらいの愚痴だった気がしてきます。

私は我慢できなかったのです。

我慢できず、

人事へ相談した結果、

産業医の先生に見て貰う事になり、

うつ病や不安障害等の病名を貰う事になり、

その後、会社との契約解消となりました。

自宅療養中に退職となった私は、

会社から送られてきた書類を見て、

初めて自分の退職の理由を知りました。

退職理由のマスには、

「体調不良」が二重線で消されていて、

その横に「自己都合」とありました。

それがどういう意味なのか、

何が違うのかもわからなかったのですが、

なぜだか悲しくて涙が止まらなかったのを覚えています。

人事に相談しなかったら、

産業医の先生の前で涙が流れなかったら、

平気だと突っぱねていたら、

休むよう勧められようが無理矢理出社していたら、

退職の理由に食らいついていたら。

労働者の立場はきっと弱くないはずです。

白い目で見られるだけで復帰できるタイミングはきっとあった。

吐き気をこらえながら会社で粘っていたら、

嫌な奴がそのうちクビになるなり定年になるなりしていたかもしれない。

けれど、その時の私は、

気の長い「損得勘定」が一切出来なかったのでした。

スタンフォード大学で行われたという、

マシュマロの実験を思い出します。

子供たちに、マシュマロを1個与え、こう言い残します。

「私が帰ってくるまでにこのマシュマロを食べずに我慢出来たら、帰ってきた時にもう一個あげよう」

マシュマロを食べずに我慢できた子供は3割ほどで、

その子供たちは45年後に、

他の子供たちより社会的地位が高い傾向があったというのです。

長期的な損得を勘定出来なかった私は、

目先のマシュマロに飛びついてしまったのかもしれません。

私は治療しながら、

今度こそは、と思うのです。

復帰しなければ、という焦りは、

次々襲ってきます。

しかし、今すぐ復帰しようと、

無策に飛び込み無理をすれば、

それは目先のマシュマロを追ったに過ぎないのかもしれません。

お医者さんの言う事を良く聞き、

先を考え、

長く見て自分が得か、

その先、自分の幸せがあるか、

よく考えて一歩一歩進みたいと思います。

幸運にも、と言って良いものでは無いのですが、

 

私には、同じ時期にうつ病にかかり、私と同じように退職した友人がいます。

 

会う機会が多くあるわけではありませんが、

 

時折SNSで無事を確認しているような案配です。

 

その彼ですが、うつ病で退職して後、

 

あいた時間を使った小動物の飼育に熱中したそうです。

 

今の時代、珍しい動物であっても、

 

インターネットで情報を集め、取り寄せる事が出来るとあって、

 

私が聞いた事もないような爬虫類などを繁殖させたり、

 

そういった展覧会に足を運ぶなど、

 

積極的に動いていました。

 

そして気がつけば、ペットショップの店員として、

 

社会復帰まで果たしたと言うので、立派です。

 

凄いな、と思うと同時に、うらやましいな、とか、

 

自分とは違うな、と言う気持ちが沸き起こりそうになります。

 

いつか、自分も何か熱中するものが見つかると良いな、

 

と、頭の中で必死に変換しなおします。

 

そういう意味で、彼はうつ病の経過としては私より良好なように見えますので、

 

私もいろいろと質問してしまうのです。

 

――眠れない時はどうしているか?

 

彼が言うには、「今日という日に後悔があると眠れない」という話を聞きました。

 

起きていて無駄にした時間を取り返そうと、無意識に体が判断してしまうというのです。

 

なんとなく、わかるような気がします。

 

対策は、日中、小さな事でもチャレンジして、

 

そしてそれに満足することだそうです。

 

何かやったのだ、という満足感を得ておく事が、

 

夜にくる「眠ってOK」の準備になるのだそうです。

 

何でもいいから、

 

何かチャレンジと言える事をしてみようと思います。

 

誰だって、自分を罰するより、褒める回数が多いほうが、

 

健康で幸せなように思います。