好きな歌手や芸能人とか、
好きなスポーツチームだとか、
作家や、作品自体についてもそうなんですが、
貶められているのを見ると、
自分の事のように傷ついてしまう時があります。
大好きな中村一義の「いつか」という歌のなかに、
「好きなものは多いほどいいのに」と言う箇所があって、
学生の頃からこの歌詞をことあるごとに思い出しています。
際限なく、多くのものを好きになれば、
色んなものが好きという人がいる世界で、
いろんな人と気が合うだろうと思ったのです。
けれど、気がつけば、
ある何かが好きな人は、
別の何かが好きな人に対して排他的で、
攻撃的でさえある景色を、目にする事が多いのです。
殊、ネットでは、
なぜこんなに、と思うほど、
特定のアーティストやスポーツチームに対して、
辛辣な書き方や、
時に暴力的な言葉を、
どうやら多数の人間の書き込みによってなされているようです。
好きなものは好きのまま、
嫌いなものは、触れずにいればいいのに、
わざわざ出向いて貶めて満足しているのを見ては、
非常につまらなく思います。
自分が好きなものをけなされるのは、
おそらく全ての人がいい気持ちしないだろうと思うのに、
何故、放っておいてくれないのか、
悪く言わなければ気が済まないのか、
考えると暗澹とした気持ちになってしまいます。
当然、
声が大きい事は多い事とはイコールではないはずです。
静かに自分の好きなものだけを楽しみ、
わざわざ他者を貶める事はしない人は確かに存在しているのでしょう。
思いやりのある人は、
思いやりのない人を上回っていると、
感じられる瞬間もあります。
それでも、
誰も傷つないよう、争わないよう願う人が、
生きていける世界とは思えません。
競り勝ち、欺き、蹴落とした人が、
痛む良心を堪えられたら、
あるいは良心が痛まなければ、
博愛的な人間よりも、
間違いなく社会的に上回る気がしてなりません。
それは、愛が報われないつまらない世界のように思えます。
けれども、
何より一番腹立たしく、口惜しい事に、
私は今日も、何も出来ず薬を飲んで眠るだけなのです。