(7)






「さてと。


 何から話そうかのう」


ヤマトが紅茶をすすりながら言った。




僕らは奥の部屋を出て、


玄関に近いリビングに場所を移した。


この部屋も、センスのよい家具が納まりよく並んでいた。




ヤマトがいれてくれた紅茶はとてもいい香りがした。


僕は砂糖は入れず、ミルクを一つ紅茶に落とし、


少しだけスプーンでかき混ぜた。


カップの中で二色の液体が半分だけ混ざり合う。


そしてゆっくりと、やがて全てが同じ色に同化していく。


僕はぼんやりその様を見つめてから、


一口だけ紅茶を口にふくんだ。




「本当なんですか。


 あのおじいさんが、ZDKの最高指導者だなんて」




「その通りじゃ。


 それが、ワシがお主をここに招いた理由。


 本部に行きたい。


 その願いに一番近い形で叶えてあげたつもりじゃがのう」




僕はまだ信じられなかった。


もっと、いかにも悪の親玉のような、


魔王のような人物がいるのだと思っていた。




「それに…さっきの話。


 僕は、小さい頃にヤエモンさんに会っていた。


 それは本当なんですか?」




僅かの時間、沈黙があった。


ヤマトは紅茶をもう一口飲み、カップをテーブルに置いた。




「まあ、こういうことになったら仕方ない。


 話そう。


 お主はすでに我々によって見出されておった。


 10年前にな。


 しかし…非常に稀なケースではあるが…


 組織の他のメンバーにそれが伝わることはなかった。


 お主の存在は…ヤエモンじいちゃんとワシだけの秘密じゃった。


 ワシらはお主を見守っておった」




僕はヤマトの目を見つめた。


いまだに28歳には思えない老け顔の男はとても真剣な目をしていた。




「なぜ…そんなことをしたんですか。


 それに…10年前だなんて。


 7歳の頃の記憶なら、僕にははっきりあります。


 もし本当に出会っていたら…忘れるはずなんてない」




そこまで言ったところで、僕はハッとした。




「ま、まさか」




それは今までに考えたこともないことだった。


これまでにヤマト達と話し、聞いたいくつかの断片が


パズルのピースのように繋がりあい、


僕の中で一つの絵になったような気がした。




「そう。


 お主の中の記憶は…我々によってコントロールされたものじゃ。


 じいちゃんの力により、お主は“忘れさせられた”。


 
 かつて、10年前に我々と出会ったことをな」





(つづく)

(6)






「あの時の…オサナゴ?」


ヤエモンの言葉は予想もしていないものだった。




僕はヤエモンをもう一度まじまじと見つめた。


僕は記憶を一生懸命たどったけれど、


この人と会うのは初めてだった。


僕はヤマトに会うまで、自分以外に


電気スタンドが生えた人を見たことすらなかったのだ。




「いや…覚えていなくて当然じゃ。


 そうか…あれから、もうそんなに月日が流れたのか」




ヤエモンはしみじみとうなづいた。


なんだこの展開は。


なんだその言葉は。


思わせぶりすぎる。




「じ、じいちゃん…その話は、秘密のはずですぞ」


「あ、しまった」


ヤマトの言葉にヤエモンがにわかに慌て始めたのが分かった。




「ぼ…僕と会ったことがある。


 それはどういうことですか?


 僕は…僕は、以前から組織に見つかっていたんですか」




僕のように組織に17年間も見つからず生きるケースは稀だ。


病院の少年はそうも言っていた。




「その話。


 もっと詳しく聞かせてください。


 どういうことですか?


 あなたは、僕のことをいつから知っていたんですか?


 なぜ、その時に僕を組合に入れなかったんですか」




思わず、一気にまくし立ててしまった。




「悪いな、ハルキ殿。


 じ、じいちゃんは高齢でな。


 一日に客人と面会する時間は制限させてもらっておる。


 ここまでじゃ」




突然、目の前でカーテンが閉まった。


老人と僕とは一枚の布で仕切られてしまった。




「え…時間って、まだ会ったばかりですよ」


僕はヤマトに向き直った。




「一日一分。


 それが医師の指導なのじゃ。


 ほ、本当じゃ」




み…短すぎる。




「そんなのないですよ。


 今の会話だけで、気になることがたくさん…。


 これ、一日一分で会話を繰り返せってことですか?」




「ワシからも話せることは話そう。


 じいちゃんの…


 Z・D・K最高指導者の顔を見ることができただけでも


 ありがたく思ってくれ」





(つづく)

(5)






家の中はひっそりとしていた。


「じっちゃん、帰ったぞ」


ヤマトが言った。


玄関からは、廊下が真っ直ぐに伸びている。




「おかえり。よく帰ったのう」


ヤマトそっくりのイントネーションが奥の部屋から聞こえてきた。




「この前話した例の少年じゃ。


 天野ハルキを連れて来た」




奥へ向かって歩きながらヤマトが言った。


僕は玄関でその様子を黙って見ていた。


ヤマトがこっちを振り返った。


「入ってよいぞ、ハルキ殿」




奥の部屋に通された。


明るい部屋だった。


南向きの、陽当たりのよい部屋だ。


細かい模様の絨毯。


壁にかかった動物の絵。




一つ一つの価値は分からない。


豪華絢爛ではないけれど、踏み入った者に


何とも言えない精神的な充足感を与える。


不思議な部屋だった。




椅子に誰か座っている。


こちらに背を向けているので、顔は見えない。




「よく来たのう。


 まあ、ゆっくりとして行きなさい」


そう言った、その頭の上には…電気スタンドが光っていた。




「ワシの父じゃ。


 もっとも、血縁的なつながりはないがの」


ヤマトが言った。




ヤマトの育ての親ということか。


幼い頃にヤマトの存在を見出し、


引き取って育てた人がこの人なのだろう。




椅子がくるりと回転した。


顔が見えた。


彫りの深い、そしてそれに負けないくらい深くシワが刻まれた顔だった。


かなりの高齢のようだ。




「20年前…まだ幼かったワシを育ててくれたお方。


 それがこの、山本ヤエモンじゃ」




山本ヤエモン…って、それ以前に。




「20年前に幼かったって…


 あんたいったい何歳なんだ?」




「ワシか。ワシは…28じゃ」




えええええ。僕は衝撃を受けた。




「も…もっと年上だと思ってました」




「ま、じいさんに育てられたからのう。


 喋り口調もこんなじゃし、歳より上に見られることが多いな。


 かっかっか」




年寄りに育てられたから、歳より上に見られる。


あまり因果関係は認められそうになかった。




「山本じゃ。よろしくな」


山本ヤエモンは椅子から立ち上がり、右手を差し出してきた。




「あ…天野です」


僕はヤエモンの手を握り返した。




「そうか。


 天野ハルキ…


 あの時の幼子が、成長したものじゃ」





(つづく)