頭にふれて癒す人が
いっぱい
増えてほしいなあ、と
思っています。
いたいの、いたいの
とんでいけ~
が
誰でもできるように
あたまのモミモミも
誰でもできる。
私が福岡で働いていたのは
明太子の「ふくや」という
会社です。
この会社の理念が好きで
入社しました。
明太子の原料のたらこは
福岡では獲れない。
北海道とかアラスカとか
遠い地で獲れる。
なのに福岡名物になっている。
不思議でしょ?
創業者は満州から
引き揚げてきて
中洲に店を出しました。
満州で食べていた
「たらこの辛子漬け」を
作ろうと試行錯誤して
「辛子明太子」を作りました。
最初は気持ち悪い
まずいって
誰も食べてくれませんでした。
作っては捨てる
作っては捨てる
そんな毎日だったそうです。
中洲は歓楽街
そのうち
お酒の肴に良いと
飲み屋さんで話題になります。
お店のシャッターを開けると
もうお客さんが並んでいる。
次々に売れて
段ボールにどんどん万札をつめて
銀行に運ぶ。
それほど大人気になりました。
そして「辛子明太子」は
博多の名物になります。
話題になり始めた時
創業者は
「辛子明太子を作りたい」と
いう人に惜しげもなく
作り方を教えました。
自分が作ったんだという
プライドはあったと思う。
でも
自分だけのものにしなかった。
どんどん教えました。
だから広まりました。
今は大きい工場をもつ
明太子の企業もありますが
家族で作っている小さい明太子業者も
たくさんあります。
私が働いていたときは
小さい企業が
福岡県内に120社以上ありました。
その数だけ味があります。
作り方が同じでも
それぞれの工夫とか
アイデアで広がっていく。
ヘッドセラピーも
そんな風に広がって
欲しいな、と思います。
同じ施術でも
人よって
全然ちがうセッションになります。
沢山のセラピストがいたら
受けたい人は
その中から相性の良い
好きな人が選べる。
やりたい人は
お仕事にしなくても
誰でもできる。
だから
セッションにいらして
気になる事があったら
聞いてほしいです。
私が分かることは
お伝えしたいです。
もう一つ
やまや、ふくさや、
かねふく、稚加榮と
東京進出していて
ふくやは関東では
知名度はいまいちですが
福岡ではなんでも問い合わせがきます。
やまやの注文書が
送られてくることもあった。ふふふ・・。
「こんぶが入っていて
ゆず味のが欲しい」と
電話があってね。
でもね、こんぶが入っているのは
ないと。ゆず味もない。
完全に他のお店と間違えているけど
「前に食べた。絶対ふくやのだった」って
言い張ると。
で、「調べますから~」って電話を切って
「たぶんあそこのよね」と他社に電話してみる。
「そちらにこんぶのゆず味ありますか?」
後ろで「はい!ふくやでございますっ!」と
電話をとっているので
「いや~ん、ばればれやん
」
なんやけど、しょうがないね。
確認してからお客様に電話する。
「こんぶゆず味は○○さんで取り扱ってます」と
他社ご案内。
ふくやの商品じゃなくても
明太子といえば、ふくや!と
問い合わせがくることが
嬉しかったです。
そんな社風が大好きでした。
同じように
「あのセラピストさんなら」と
紹介しあえるようになったら
最高です。
それを目指しています!
広まるのって
やっぱー
ふくや方式やんね、と
思います。
ふくやヒストリー
ふくやのHPでマンガで見れますよ。
50周年記念の委員で
ほとんど何にも出来なかったけど
ふくやの歴史の掘り起しに
携わらせてもらいました。
マンガにも出てきますが
入社当時、創業者の妻千鶴子さんが
社長でいらっしゃいました。
息子の健さん、正孝さん
お二人の近くで仕事ができ
たくさん勉強させて頂きましたこと
感謝しています。
関係ないけど・・・
会社が中洲の真ん中にあってね。
初めてお会いする人って
ずばり会社名を尋ねず
「どのあたりにお勤めですか?」
「そのあたりは○○社とかありますよね」
みたいに、遠回しに聞いてくることが多い。
「中洲です」と言うと
「ああ~」って言われて終わり。
ずっと私を気が利かないホステスさんと
思っている人もいました(´0ノ`*)
お酒飲めないのにね。
いっぱい
増えてほしいなあ、と
思っています。
いたいの、いたいの
とんでいけ~
が誰でもできるように
あたまのモミモミも
誰でもできる。
私が福岡で働いていたのは
明太子の「ふくや」という
会社です。
この会社の理念が好きで
入社しました。
明太子の原料のたらこは
福岡では獲れない。
北海道とかアラスカとか
遠い地で獲れる。
なのに福岡名物になっている。
不思議でしょ?
創業者は満州から
引き揚げてきて
中洲に店を出しました。
満州で食べていた
「たらこの辛子漬け」を
作ろうと試行錯誤して
「辛子明太子」を作りました。
最初は気持ち悪い
まずいって
誰も食べてくれませんでした。
作っては捨てる
作っては捨てる
そんな毎日だったそうです。
中洲は歓楽街
そのうち
お酒の肴に良いと
飲み屋さんで話題になります。
お店のシャッターを開けると
もうお客さんが並んでいる。
次々に売れて
段ボールにどんどん万札をつめて
銀行に運ぶ。
それほど大人気になりました。
そして「辛子明太子」は
博多の名物になります。
話題になり始めた時
創業者は
「辛子明太子を作りたい」と
いう人に惜しげもなく
作り方を教えました。
自分が作ったんだという
プライドはあったと思う。
でも
自分だけのものにしなかった。
どんどん教えました。
だから広まりました。
今は大きい工場をもつ
明太子の企業もありますが
家族で作っている小さい明太子業者も
たくさんあります。
私が働いていたときは
小さい企業が
福岡県内に120社以上ありました。
その数だけ味があります。
作り方が同じでも
それぞれの工夫とか
アイデアで広がっていく。
ヘッドセラピーも
そんな風に広がって
欲しいな、と思います。
同じ施術でも
人よって
全然ちがうセッションになります。
沢山のセラピストがいたら
受けたい人は
その中から相性の良い
好きな人が選べる。
やりたい人は
お仕事にしなくても
誰でもできる。
だから
セッションにいらして
気になる事があったら
聞いてほしいです。
私が分かることは
お伝えしたいです。
もう一つ
やまや、ふくさや、
かねふく、稚加榮と
東京進出していて
ふくやは関東では
知名度はいまいちですが
福岡ではなんでも問い合わせがきます。
やまやの注文書が
送られてくることもあった。ふふふ・・。
「こんぶが入っていて
ゆず味のが欲しい」と
電話があってね。
でもね、こんぶが入っているのは
ないと。ゆず味もない。
完全に他のお店と間違えているけど
「前に食べた。絶対ふくやのだった」って
言い張ると。
で、「調べますから~」って電話を切って
「たぶんあそこのよね」と他社に電話してみる。
「そちらにこんぶのゆず味ありますか?」
後ろで「はい!ふくやでございますっ!」と
電話をとっているので
「いや~ん、ばればれやん
」なんやけど、しょうがないね。
確認してからお客様に電話する。
「こんぶゆず味は○○さんで取り扱ってます」と
他社ご案内。
ふくやの商品じゃなくても
明太子といえば、ふくや!と
問い合わせがくることが
嬉しかったです。
そんな社風が大好きでした。
同じように
「あのセラピストさんなら」と
紹介しあえるようになったら
最高です。
それを目指しています!
広まるのって
やっぱー
ふくや方式やんね、と
思います。
ふくやヒストリー
ふくやのHPでマンガで見れますよ。
50周年記念の委員で
ほとんど何にも出来なかったけど
ふくやの歴史の掘り起しに
携わらせてもらいました。
マンガにも出てきますが
入社当時、創業者の妻千鶴子さんが
社長でいらっしゃいました。
息子の健さん、正孝さん
お二人の近くで仕事ができ
たくさん勉強させて頂きましたこと
感謝しています。
関係ないけど・・・
会社が中洲の真ん中にあってね。
初めてお会いする人って
ずばり会社名を尋ねず
「どのあたりにお勤めですか?」
「そのあたりは○○社とかありますよね」
みたいに、遠回しに聞いてくることが多い。
「中洲です」と言うと
「ああ~」って言われて終わり。
ずっと私を気が利かないホステスさんと
思っている人もいました(´0ノ`*)
お酒飲めないのにね。



」









