私は山が迫り
猿が出没する
田舎で育ちました。

緑がいっぱいの所が好きです。

セッションの時は
森の中にいる自分を
想像して
リラックスして
その気持ち良さを
保つようにしています。


東京に引っ越しが決まった時
23区の地図を広げたら
練馬区は緑の面積が
他の区より
圧倒的に多かった。
だから練馬区に
引っ越してきました。


都会の街中で
育った人がいます。

その人は
「田舎とか
 自然の中とか
 そういうところは
 一時滞在はいいけど
 住めない」と言います。

 自然に懐かしさも感じない。

「人のざわざわした感じ
 雑踏が懐かしい。
 沢山の人の中で
 暮らしたい。
 人の少ない田舎は無理
 淋しくて死んでしまう、かも」
らしい。


「そこでは生きていけない。」


人の幸せは
本当にそれぞれなのです。


苦しく感じる時
「人が幸せと思っていること」を
「自分の幸せ」と思って
追っているのかもしれません。


自分のリズムを
感じることが
自分に合った幸せを
見つけることに繋がる、と
そう思います。


苦しく感じる時
呼吸が浅くなります。
深呼吸してください。
呼吸は意識してコントロールできる
あなただけのリズムです。




40代になってからは
体力のこととかあるので
さっさと寝ていますが、

「いぬいさん、

 旦那さんの帰りを

 起きて待っていて

 偉いよね」と

 言われたことがあります。


夫は東京に来てからは
終電に間に合うようになってきて
日付をまたぐあたりには
帰ってきますが
地方にいるときは
朝方帰って来て
2.3時間寝て
また出かけるみたいな
生活でした。
好きなことを仕事にしているから
没頭してしまう、らしい。

結婚して始めから
そういう生活だったので
「この人はこういう仕事の仕方なんだ」と
それが普通だと思っていたけど
原因不明の高熱が出たり
めまいがして鼻血がでたりして
救急車を呼ぶことが続いて
「このままでは過労死するぞ」
でした。


「心配して起きて待ってるんだ」
「ぶー、違います」
ひどいよね。



「起きて待っていて
 偉いよね」と
言われた時
「は?」と思いました。


好きなことしていたら
時間が経って
夫が帰ってきた、というだけです。

なんかいろいろと
やっていたら
夫が帰ってくる時間に
なってしまう。
というのが
本当のところなのです。

スヌードという
パソコンのゲームに
はまった時があって
仕事から速攻帰ってきて
やり続けていたら
夫が私のゲームカウントを見て
何時間やったら
こんなカウントになるんだ!と
驚いていたことがあったにひひ


これがsnood,単純なゲーム。

「待ってないよ」と言うと
「遅い!とか
 ぐちぐち言ったりせんでしょう。
 それは積極的に待っているということなんだよ」と
言われて、なるほど~と思いました。


確かにね。
遅いとか、仕事のこととか
いろいろ言っていたら
身体も心も
完全に参っていたかもね。

「待つ」って
「じっと我慢して待つ」のような
消極的なイメージがあるけど
積極的なのも、あるんだ。

やりたいことが
いっぱいある。
だからかな
セラピーのお客様で
リピートの予約の時間が
ものすごく空いていても
「どうしているかな?」
「今度はどんなことで
喜んでもらおうかな」と
思う時はあるけれど
来てもらうために
いろいろやる
という気にならない。

間が空いても
予約いただきますしね。


起業のセミナーでは
「思い出して
 来てもらうために
 いろいろやらなくて
 どうするんですか!」と
しかられる、というか
それは やらないといけないこと
なんですけど
私にとっては
それって苦しいんです。

そして
自分の都合で
せかしたり
無理になんとかしようとしたり
余計なことをすると
失敗することが多かったような
気がしています。

相手の時期を待つ。

やりたいことをやって待つことを
「積極的待ち」と言おう。
そして
積極的に待とう、と
そう思います。


呪われて
恐ろしいことが
起こったわけでは
ないのですが
「イメージして
 相手を想うこと」が
 どういうことなのかを
 実感しました。


・やる気、エネルギーが

 湧いてくるようになる

・セラピーの良い場を作る

そのための
いろんな引き出しが欲しいと
思っていて
気功を習っています。

市子先生の気功ブログ



レッスンで
「イメージを送ってみましょう」と
いうことになり
イメージを2つ送りました。


2つ目のイメージを送った時に
スカイプの向こうにいる
市子先生が
くっしゅん、くっしゅんと
くしゃみをしました。


フィードバックで
「風が吹いてきた
 鼻がもぞもぞして
 くしゃみが止まらなかった」
とおっしゃる。


そうなんです。
私は草原に立っていて
つむじ風を作って
送っていました。


ひゃ~、
ちゃんと伝わるんだ。


1つ目は
「ぐいぐい押された」とのこと。

先生には言ってないけど
桜の木の下に
観音様がいて
観音様が市子先生を
抱きしめに
近づいて行く、という
イメージを送っていました。


「イメージして
 相手を想う」と
本当に伝わるんですね。



市子先生の気功&カンフーフィットネス講座



「・・でなければいいけど」と
ネガティヴなイメージをして
心配する気持ちを送る
どうなるか。


ちょっとこわくないですか?


「心配は呪い」と聞いた時は
「そんなあー、そんなことない!」と
思ったけれど
いや、いや、
「呪いだな」


心配をしてはいけない、と
いうことではないのです。


「大丈夫かな?」と
相手を想う時
「・・でないといいけど」
ではなく
「ご機嫌だといいな」
「・・うまくいくといいな」
と良いことが起こっている
イメージをもつ

そういうこと。


今まで
けっこう呪っていたぞ。
そして呪われていたぞ。
長女ちゃんはお蔭様で

希望の高校に進学が決まり

はじけています。

私はほっとしたのか

3月は気が抜けた状態でした。




乾さんが

「乾通り」を歩き

「乾門」をくぐる。





乾って方位のことです。


東京に引っ越してきた時に

お隣にご挨拶に伺ったら

「縁起のよいお名前の方が

 引っ越していらしたのね音譜」と

言われて

初めて意味を知り

なんだか

嬉しかったことを

思い出しました(*^▽^*)


(乾の方位については
 様々な解釈があるみたいですが)

乾(又は天門):
北西に当たる隅を称する
是は天の徳の広大なるに配し、
万物生成の根本、
陽の長、一切の貴福を主る
最大切の部位として有ります。
【四隅門】



桜より乾門の方が気になります。

シンプルでかっこいい乾門の門灯。

春の皇居、桜の一般公開は明日31日まで。


身体には電気が
流れているんですよ電流

と言うと

「本当に!」とびっくり
されることがあります。

心臓の検査に
心電図があります。

1903年にオランダの
アイントホーフェン氏が
電流計を用いて
人間の体から
周期的な電気の変動が
出ているのを発見し
心臓の電気現象として
記録した。

その変動が心臓の鼓動と
一致していることから
これが心臓を起源とする
電気変化であることを見出し
この電気変動は
心電図と名付けられた。


検査の時は
身体にいろいろ
くっつけてますが
あれは
電気を流している
のではなくて
身体から出ている
電気をキャッチしている
のです。

電気が流れていると
いうより
電気が発生している。

身体は
発電しているのです。



大変微弱な電気なので
それを自分で感じることは
できませんが
心電計や脳波計という
器械を使うことで
体の中で起きている
電気の現象を取り出し
記録することができる。

見えないものを
可視化しているもの。
すごいですね。



地球に磁場があるように
身体にも極性があり
+と-の
両極性をもっている。
その極性をもって
代謝活動の流れをつくっている。
【ポラリティーセラピー】



ポラリティーセラピーでは
身体の上の方、
頭に近い方が+の極
身体の下の方、
足に近い方が-の極
です。

身体の2点にふれて
+と-の極をつなぎ
バランスの良い状態
ニュートラルな極を
創りだします。

一方に偏ることなく
バランスがとれている
「0地点」がニュートラル。

存在していて
同時に何もない。

始まりであって
終わりでもある。

そういう状態を
身体の中に創り出すことが
できます。


私は何者?
貴方は何者?
⇒何者でもなく
 何者でもある。

どうしたい?
どうなりたい?
⇒なんだってできる。
 なりたい自分になれる。

私が頭を中心に
セラピーをやっているのは
頭の中こそ
ニュートラルな状態が
必要だと感じているからなのです。