こんにちは、アトランタです。
今日は前回からの話の続きを書いていきたいと思います。
産婦人科研修で点滴の上手なS先生に出会った日の夕方のことです。
S先生から一通りT病院での4年間の研修医生活の基本的なことについて聞いていた時に、S先生が手にしている分厚い資料が目につきました。それは英語の論文のようで、厚さが2㎝はあったと思います。さらに目の前には明日の手術のための厚さ5㎜ほどの資料が置いてありました。「今から病棟に行っていろいろ仕事をした後に、両方の資料をまとめるんだよ。君たち学生さんたちは明日朝7時に来て、カンファレンスを一緒に聞いてね。」とS先生はおっしゃいました。
そして次の日の朝、僕たちはカンファレンスに参加しました。すると、きのうS先生が手に持っていた2㎝の資料には付箋やマーカーがついており、すべてを読み込んだ形跡がありました。さらにそれを独自にまとめた資料まで作られていました。今日の手術のための5㎜の資料はさらに資料が追加されて2㎝ほどの厚みになっており、詳しく勉強されたようでした。そしてなんと、病棟の患者さんのサマリー(患者さんの病状・診断・治療計画の要約したもの)まで作られていたのです!「一体いつ勉強したんだろう!」とびっくりしていたら、「T病院の研修医は毎日これくらいのことができないとついていけないよ。」とS先生はおっしゃいました。
その言葉を聞いた僕は、あまりにも勉強していない自分を反省し、さすがにレベルの高いT病院ではついていけないんじゃないかという心配が湧き、将来の出世の道も険しいだろうと感じました。それと同時に僕は、小学校6年生の時に母が占い師に言われた、「この子は地元を救う立派な人になる。」という予言を思い出し、地元で病院を探すことにしました。 つづく
アリゾナ ツーソン 家庭の庭
