瞑想というと、どこかスピリチュアルで、いかがわしい雰囲気を感じると思う。
だが、私も高校時代に瞑想を覚えたし、それはその後の人生にもすごくいい影響を与えていると思っている。
この青春時代、進学やら、部活動のレギュラー争いやらで、いろいろ不安な状態に置かれる状況をすべて忘れされてくれるし、ここで得られる気づきっていうのは、たとえくだらないことだろうが、とてもいいものだ思う。
顧問にどんな酷いこと言われたって、定期テストの成績が悪くたって、自転車に乗って風を感じていると全てがどうでも良くなる。その感覚を忘れないままオトナになったから、今どんな状況にあろうが、あまり悲観しないでいられると思っている。
じゃあ、どうすればそういう、そういう感覚を得られるのか。余計な知識を付け加えずに語る。さっき自転車に乗ったらどうのって言ったが、それば別の話として学校内での話をする。
それは、素足で学校へ行くことだ。何かいやらしい事を考えているのではないかと思われるかもしれないが、別にそんなことはない。日本において高校に通うとき、靴下が汚れない限りは、ほぼすべての学生が靴下を履いている。その中で素足でいるということは、恥ずかしさもあるし、抵抗を感じると思う。でも、言い訳せずに、晴れの日に、朝起きたら、制服に着替えるとき裸足のままで靴をはいて学校へ行ってほしいと思う。
昇降口で、靴を脱いで足を晒して、床がひんやりとしているのを直接足の裏から感じとってほしい。そして、上履きを履き、そのザラザラ感を直接感じながら、教室へと向かう。足元を見て、どこか無防備な感じを味わいながらも、堂々と歩ければいい。
もし教室で靴下のことを聞かれても正直に、靴下が暑いからと答えればいい。授業中も上履きを脱いでリラックスして、後ろの人に足裏を晒す気持ちでいて、上履きを脱ぐ授業でも裸足でいることを楽しむ気持ちで。
その間、嫌な気持ちっていうのが、いつの間にか忘れていて、自分が裸足でいることにどこか高揚感を感じると思う。その気持ちっていうのが、自分の心を自由にして、豊かにすると思う。もしも、素足で満足できないなら、私のように上履きも捨てて裸足になればいい。
