八十四
裕子様の四十九日の法要も終えますとやっとわたくしの気持ちも落ち着き裕子様の居ない生活に慣れてくるので御座いました。それまでは母の姿を見失った子供のように裕子様の幻を追い求める毎日でございました。わたくしの憧れと愛おしい姉のような裕子様を失った痛手は事のほか大きくぽっかりと開いた心の穴を埋める手立ても見つから無かったのでございます。何時も裕子様が座っていた場所に裕子様が居ないと気持ちは落ち着かずつい裕子様の姿を探してしまうのでございました。祐奈だけがわたくしの支えでございまして祐奈を抱きしめては心の傷を癒すのでございました。章太郎様にとりましても裕子様を失った痛みは辛く悲しく暫くの間放心状態が続いていたのでございます。そんな章太郎様とわたくしでございますから支えあう事すら出来ず二人で顔を見合わせては溜め息をつくような風でございました。その章太郎様がある夜わたくしに云うのでございました。
「僕は裕子を両親の所に返してあげようと思っているんだよ。裕子が幼い内に非業の死を遂げた母親にとっては裕子を手元に置きたいに違いないのだよ。父親にしても泣く泣く裕子をお寺に預けてあの世に旅立った。多分裕子を道連れにしたい気持ちを閉じ込めて後ろ髪を引かれる思いで妻の傍に行ってしまったのだと思うよ。きっと裕子に会いたいに違いない。裕子にしてみてもそうさ。幼くして別かれ別かれになってしまった両親の元へ行きたいに決まっているのさ。僕は裕子を近くに置いておくのがとても辛い。気持ちは落ち着かずこころは乱れるばかりだ。毎日のように夢の中に裕子の両親が現れて何も云わずじっと裕子の亡き骸と僕を見ているんだ。返して欲しいと一言言ってくれれば僕の決心もつくんだけれど何も言わずに見つめられているのは辛い。僕が何か悪い事でもしているようだ。僕が両親から裕子を奪ったわけではない。縁があって結ばれただけだ。僕は何も悪い事はしていない。其れなのに恨みがましい目で両親は僕と裕子を見ているんだ。僕は耐えられない。裕子は未だ出来ていない僕のお墓に入れられないし此の侭お寺に預けておくのも心苦しい。いっそのことご両親の元に返そうと思うんだ。奈々ちゃんは賛成してくれないかな」
わたくしに反対するような理由は有りませず百蓮尼様に相談して決めましょうと言ったのでございます。裕子様のご遺骨は百蓮尼様が大切に供養なさっていたのでございます。
百蓮尼様はわたくしたちの前に正座なさり柔和なお顔を更に柔和になされて仰いました。
「其れは良い事ですよ。良くぞ決心してくれました。仏様のご両親もさぞかしほっとなさってお喜びでございましょうね。ご両親は不憫なわが子の帰りを待っているに違いありませんよ。辛い思いで手放した可愛い娘さんの事ですからね。ご両親のもとにお返しするのも尊い供養の一つなのですよ。ご親戚の方には私の方からお話ししておきましょう。お任せください」
そうして裕子様の御遺骨は館山のお父様のお墓にお入りになることが決まったのでございます。
八十五