三十六

わたくしは本当にはしたない娘でございます。悪い事とは知りながらその衝動を抑えることが出来無いのでございます。わたくしは男女の愛を知らない娘でございます。経験は元より想像さえ出来ないのでございます。興味はあっても知る機会もなく何故か知るのも恐ろしく知らずに過ごしてまいりました。それが花村夫妻の美しさに惹かれて知りたくなったのでございましょうか。裕子様には人を愛する事の楽しさと愛される事の心地よさを教えて頂きました。秋の日の人恋しい季節の誘惑でございましょうか。男女の愛の形を知りたくなったのでございます。勿論許される行為ではございません。それでもすぐお隣の部屋で営まれる愛の高まりの声の誘惑には勝てなかったのでございます。秘密を覗き見る時の胸の高鳴りは何ものにも替え難い興奮のるつぼでございました。いつも冷静でお淑やかな裕子様が何故あのように苦し気な声をお出しになるのか不思議でならなかったのでございます。其れが苦痛の声だとすれば何故人は愛を求めるのでしょうか。愛は何故苦しみを伴うので御座いましょうか。わたくしには判りかねるのでございます。苦痛の声の後のあの平和な満ち足りた感じの睦まじさは何でございましょうか。わたくしには判らないことばかりでございます。ただ絡み合うその姿は美しくうっとりするようでございました。裕子様は元より章太郎様の姿態の美しさは眩しいほどでございまして優しく強く裕子様をお抱きに成る様は絵のようでございました。章太郎様は女形の踊りの名手と言われるだけの事は有りまして見事なほどにお美しいお体の方でございます。女は元より男も惚れると言われているお方でございます。白く艶やかで引き締まりその上しなやかなそのお体を拝見した時にはわたくしは電気に触れたような痺れを感じたのでございます。わたくしも章太郎様のような方に抱かれてみたいとその時思ったものでございます。わたくしの胸はときめき血の流れも速まり息が詰まるようでその夜は眠られず朝まで興奮していたのでございます。夜明けにうとうとしても夢見た後のようでございまして本当に眠ったものかどうかも定かではございません。朝の食事の支度の時も目ははれぼったくて裕子様にどこで夜遊びをしていたのですかとからかわれどきりとしたものでございます。もしかして裕子様はお気づきに成っているのではありますまいかと心配でございましたが咎められる事も無くほっとしてぼんやり一日を過ごしたものでございました。それが病み付きと申しますか癖になりまして裕子様と章太郎様の愛の営みが始まるとじっとしていらられずすぐに覗き見する悪い娘になったのでございます。