探偵にとって、浮気調査なんてありふれた仕事だ。しかし、この重苦しい澱んだ空気は、一生馴染む事は無い。
「でっ、分ったの?」
クライアントの女性は、イラついた感じで尋ねて来た。
「えっと、特定の女性と会っている様子は、有りませんでした。」
「そんな訳無いでしょ。今まで禄にお金も使わず家で寝てばかり居た男が、休みの度に出かけて、お金を使ってる。女以外に何が、有るの?」
クライアントは、甲高い声で問い詰めた。
「旦那さんが、いつも通ってる場所です。」
俺は、カバンから封筒を取り出すとクライアントに渡した。クライアントは、封筒から写真を取り出すと、不思議そうな顔をした。
「何?何処?」
「サーキットのパドックですよ。奥のライディング・スーツの男が、旦那さんです。」
クライアントは、無言で写真を眺め続ける。
「何ですかね?その赤いバイク。2輪の草レースに、嵌ってるみたいです。お金掛かりますね。」
「RC45。昔の旦那の愛車。あのバイク、まだ持ってたのかしら?」
「どうでしょう?なんと言いますか、旦那さん別人ですね。」
俺は、ショボくれた中年男の顔を、思い浮かべた。目の前の写真に写る精悍なバイクレーサーと比べると、同じ男とは信じ難い。
「あいつは、バイクが全てだったの。でも、止めさせたの。一緒になる時。」
「何故ですか?」
「探偵さん。バイクレーサーでは、食べ行けないの。」
クライアントは、寂しそうに笑った。
「今更、どうする気なのかしら?」
「レースに、出てますね。頻繁に。今日もそうでしょ。そろそろ、決勝かな?」
クライアントは、慌てて立ち上がった。
「探偵さん、場所は?」
「封筒のなかの調査書に書いてあります。地図も有りますよ。」
「そう、ありがとう。私、急ぎますので。料金は、約束通り月末に振込みますから。」
クライアントは、穏やかな顔で言うと、走りだそうとした。
「あの、どちらへ。」
「見届けるのよ。老いぼれ馬の走りを。あの馬鹿、私を騙して。張り倒してやるわ。」
俺は、軽やかに駆け出すクライアントの背を見送った。それは、まるで野原をスキップする幼女の様だった。


