一つだけ好きな物を選ぶとしたら、漫画かも知れない。僕と漫画の出会いは、4歳の時。ヘルニアで、入院した時。あの時は母が看病してくれたけど、弟の世話も有ったから付きっ切りって事も出来無いので退屈しない様にと漫画の本を貰った。一峰大二のウルトラマンだったと思う。

 字なんかまだ読めないから、最初の頃は眺めているだけだったけれど、近くの大人に代わる代わる読んで貰って、最後には字を憶えた。アメリカの子供は、聖書で字を憶えるそうだけど僕は、ウルトラマンの漫画で字を憶えた。

 5歳位の時には、母に貰った小学館の雑誌に載っていた「ドラえもん」の第1回は良く憶えている。駄目小学生ののび太が、未来から来たネコ型ロボットドラえもんに頼んで、学校の連中を馬鹿にして貰い「1+1=2」の計算の出来るのび太が秀才になるって話。ずっと、のび太は僕より一つ上だと思っていたけど、設定上は同じ1964年生まれらしい。

 小学生に上がると、小学館の学習雑誌に載ってるウルトラマンの漫画や、床屋に置いてある少年ジャンプを読み漁った。

 小学4年生位で、友達から単行本の存在を教えて貰った。石森章太郎(仮面ライダーや、戦隊シリーズはこの人の原作)の「怪人同盟」。350円だったと思う。当時の僕の小遣いだ買える程度の値段だったと思う。以降、小沢さとるの「青の6号」、「サブマリン707]と漫画に嵌って行く。小学生の僕は大人になったら、海上自衛隊に入って潜水艦に乗りたいと言って両親の顰蹙を買った。陸上自衛隊出身(相馬が原で機関銃の射手だった)の父からは「戦車の方が良いぞ」と言われ、母からは「大学行って調査船に乗れば。」と叱られた、

 小学5年位で、手塚治虫先生の「鉄腕アトム」復刊。これが、いけなかった。手塚先生の作品は理想主義的でどこか理屈っぽかった。多感になり始めの年頃。轟沈した。何年も掛かって、全巻購入。以降、松本零士、高橋留美子、竹宮恵子、萩尾望都、高橋葉介、吾妻ひでお、新谷かおる、ゆうきまさみ、とりみき、望月三起也、あさりよしとう、六田登、安彦良和・・・・。   

 読みまくった。 人付き合いが苦手で、ボーっとした僕は漫画を読む事で

自分のバランスを保っていた。

 被災地にいる子供達は、漫画を読んでいるのだろうか?まだ、そんな余裕も無いのだろう。でも、地震があって暫くは、NHKラジオで「あんぱんまんの歌」を何回も流していた。被災地からのリクエストだったそうだ。

 僕は、漫画には人を元気にする力があると思う。また、そうであって欲しい。


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