406鉄騎団のブログ


 2011年4本目に観た映画は、1971年アメリカ映画Vanising Pointです。2,3年前に近所の本屋さんで、DVDで買いました。結構好きな映画でもう3回くらい観てます。時々流しながら洗い物とかしてるので、オープニングや前半のカーチェスは何度も観ています。最初の白バイ(ハーレーです。カッコイイの何のって!!)とのカーチェスが一番好きです。

 物語は、フロリダの片田舎の朝から始まります。警察車輌が集まり、ブルトーザーが道路を閉鎖します。そして、警察車輌を振り切り疾走する白い70年型ダッジ・チャレンジャー。

 場面は切り替わり時は事の発端の時点まで遡り、コロラド州デンバーに戻ります。新車の陸送を仕事をするコワルスキーは、白い70年型ダッジ・チャレンジャーをコロラド州デンバーからフロリダまで送り届ける仕事を請負います。コワルスキーは、顔見知りの薬の売人と翌日の午後3時15時間でフロリダまで届ける事を賭けます。賭けの条件は「着いたら、電話する。成功したら無料で薬を貰う。負けたら、倍額で薬を買う。」他愛のないお遊びです。コワルスキーは、休みも取らず興奮剤を飲み込むと一路フロリダを目指して疾走します。


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 スピード違反を白バイ(ハーレーの白バイ!カッコイイです!!)に咎められますが、デッドヒートの末に振り切ります。地元のカーマニアが駆るジャガーXJロードスターや、追走するパトカー全てを振り切りひたすらフロリダを目指して疾走します。騒動を聞きつけた地方ラジオ局のDJスーパー・ソウルはコワルスキーを「最後の自由の戦士」と持ち上げます。

 微罪でしかない暴走犯コワルスキーを追う警察も、騒ぎが大きくなるにつれ執拗に追跡します。コワルスキーの疾走に共感する人達の輪は広がり、警察は威信に賭けて、コワルスキーを逮捕しようとします。周囲の騒ぎに目もくれず、コワルスキーは唯ひたすらフロリダを目指して疾走します。

 物語は、フラッシュ・バックでコワルスーの過去を挿入します。バイクレーサー時代のクラッシュ。ストックカーレーサーでのクラッシュ。上司の不正を制する警官時代。恋人との逢瀬と、彼女の事故死。コワルスキーを演ずる

バリー・ニューマンは、受け答え以外の台詞を発しませんが、このフラッシュ・バックや警官達の会話によりコワルスキーの過去(ベトナム戦争の英雄・上司の不正を明らかにした正義の警官・プロのバイクレーサ・プロのストックカーレーサー・恋人を事故で失った悲しい過去)を明らかにして行きます。

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 この物語展開、どっかで観た様な・・・。影響受けた人多い様で、日本でもアメリカでも人気のある作品だそうです。僕は、最初の白バイとのデッド・ヒートが好きです。悪路を疾走する白バイハーレーと、ダッジ・チャージャー。

カッコイイの一言です。

 でも、この映画単なるカーチェイスだけでなく、アメリカ社会の鏡の様な所もあるそうです。(wikipediaに書いてあった)何度も観てるとDJスーパーソウルが出勤する姿をジロジロ見る白人の描写があります。スーパーソウルは黒人です。これは、黒人差別の暗示なのでしょうか?物語が進んで、コワルスキーをラジオを通じて英雄に持ち上げて応援するスーパーソウルをテンガロンハットを被った男(保安官?)に引き連れられた白人達に放送中に関わらずスタッフの黒人青年共々、リンチされます。これって、有り得ない作り話じゃないですよね。スーパーソウルが、コワルスキーを英雄視したのも彼が、黒人として差別されていたからでしょうか?また、コワルスキー自身ベトナム帰還兵(反戦運動の影響で帰還兵は、英雄でも差別されたそうです)ですし、コワルスキーって名前からすると白人でもスラブ系なのかなと思います。白人でも序列があって、中流より上じゃないと思うのですが。(この辺は、ネットで調べてみると良く分からない)

 あと、何でコワルスキーが英雄に成るのかって、疑問も有ります。これには、規則に縛られるのが大嫌いなアメリカ人ってのが有ると思います。僕の大好きな町山智弘さんによると、右よりのアメリカ人の思想って無政府主義に近いそうです。元々アメリカの建国だって宗主国イギリス連邦への反発だった事を考えると、納得出来ます。近年のアメリカでの大きな政府(公共の福祉の為の税負担。公共の安全や、弱者救済の為の法規制)への反発とかに通づる物が、ある様な気がします。全体の和を重んずる日本人の価値観からは、生まれて来ない映画だと思います。

 この映画を思春期の頃、観た人達は今、50代後半から60代半ば位です。茶会運動に代表される保守回帰運動や、その前の新保守主義運動に参加した人達の中には,この映画を思春期に観た人もいると思います。

 コワルスキーは、何を想い疾走を続けたのでしょうか?私には、残念ながら解りません。疾走の最後に彼は叫んでいた訳でも、泣き喚いていた訳でもありません。唯、薄笑いを浮かべて、疾走を続けただけです。私にも彼の気持ちが、る時が来るのでしょうか?