大熊猫
です。
昨日 台湾の作家 呉明益さんと何致和さんの
トークイベントに行って来ました。
吉祥寺に来るのは本当に久しぶりです。
ハーモニカ横町の誘惑を横目にずんずん進み、
東急百貨店の裏ビル2F 百年という
こじんまりした本屋さんが開催場所でした。
小さな店内に50名くらいの方がいらっしゃいます。
まず、最初の話者、
呉明益先生は 1971年生まれの作家です。
標題「歩道橋の魔術師」という本を出版されていて、
台北駅前にあったという
中華商場(ちゅうかしょうば)
で暮らした小さな頃の思い出を
当時の 写真のスライドをみながら 語ってくださいました。
通訳が翻訳者さんだったので、
分かりやすくて良かったです。
この中華商場(ちゅうかしょうば)
私は初耳だったのですが、
1961年に完成して、1992年に解体された
台北駅北門あたりにあった3階建ての商業ビルだそうです。
お店屋さんの子供だった呉さんは
この中華商場の中、5坪ほどの場所に
一家9人で暮らしていたそうです。
自分のうちにトイレがなかったので、
夜は真っ暗な商場のトイレを使わなければ
ならなくて とても怖かったとか。
(電灯は壊れていて、扉も閉まらない。
おまけに ホームレスのおじさんもたくさん寝ていたらしいです)
その近くの 物売りがたつ歩道橋に
不思議なマジックを披露する魔術師がいて。。。
とこの後は本を読んでいただくとして。
ある読者の方が、
本当に魔術師がいたのか?
この人物は実在なのか?
と聞いたら、呉先生は
「小説は虚構に過ぎない。
中華商場を舞台にしているが、実際の中華商場と僕の小説の
中の場所は全く同じではない」
と答えられていました。
だから、逆に 今の時代の人が
行ったこともない 中華商場に
まるで行ったように感じるのが小説の魅力なのだ、
ともおっしゃられていました。
呉先生はイラストも大変お上手で、
これは ご自身でかかれた 当時の中華商場だそうです。

昔
鉄道の近くはうるさいから、
その近くに住む人は貧しい人たちだった。
本当にいろいろな人が暮らしていた。
子供の頃、線路には柵がなかったので、
目をつむって 線路を駆け抜ける遊びが流行っていた、
(亡くなったお子さんもいた、と言っていました)
そんな幼いころの忘れられない思い出。
その記録をほんの少し 残したくて、
こんな本にまとめてみた、
とおっしゃっていました。
そのお話ぶりから
真面目なお人柄が感じられ、
自分の思いを作品として残すことに
強い使命感を持っておられることが分かるお話でした
もう一人の作家さん
何致和先生は まだ作品が日本語訳されていないそうです。
先ほどの 呉先生と ほぼ同年代で、
子供のころは 龍山寺の裏
萬華(ばんか)といところにお住まいだったそうです。
華西街夜市の裏の蛇の血を飲ませる店がたくさんある通り、
それから 春をひさぐ女性が商売をする通り、
などなど、
当時は 大人から 子供は絶対!行っちゃいけない
と言われている場所がたくさんあったんだ。
とそれはそれは 楽しそうに話す何先生。
四角いテーブルの四隅に鎖がついていて、
真ん中に 丸い穴が開いていて、
お皿状になっているものがあって、
子供心に何かなぁって思って穴に頭を入れたんです。
そしたら、初めて気づきました
それは サルの脳みそを食べるためのテーブルでした
(満漢全席にもあるというサルの脳みそは
生きているサルの脳を食べるものでした)
うげぇえとなる我々をみて、
なんとも楽しそうな先生。。。
他にもたくさんの面白いお話がいっぱい。
お二人とも、とてもお話し上手で、
2時間が短かったです。
お二人のお話から、
街って 生きているんだなぁって思い。
だからこそ、
今 自分がいる場所を大切に
今 自分がいる場所を幸せにしないといけないなぁ、
と思いました。
本日27日(土)、28日(日)もトークイベントがあります。
もっと台湾
http://motto-taiwan.com/2015/06/0621/
です。昨日 台湾の作家 呉明益さんと何致和さんの
トークイベントに行って来ました。
吉祥寺に来るのは本当に久しぶりです。
ハーモニカ横町の誘惑を横目にずんずん進み、
東急百貨店の裏ビル2F 百年という
こじんまりした本屋さんが開催場所でした。
小さな店内に50名くらいの方がいらっしゃいます。
まず、最初の話者、
呉明益先生は 1971年生まれの作家です。
標題「歩道橋の魔術師」という本を出版されていて、
台北駅前にあったという
中華商場(ちゅうかしょうば)
で暮らした小さな頃の思い出を
当時の 写真のスライドをみながら 語ってくださいました。
通訳が翻訳者さんだったので、
分かりやすくて良かったです。
この中華商場(ちゅうかしょうば)
私は初耳だったのですが、
1961年に完成して、1992年に解体された
台北駅北門あたりにあった3階建ての商業ビルだそうです。
お店屋さんの子供だった呉さんは
この中華商場の中、5坪ほどの場所に
一家9人で暮らしていたそうです。
自分のうちにトイレがなかったので、
夜は真っ暗な商場のトイレを使わなければ
ならなくて とても怖かったとか。
(電灯は壊れていて、扉も閉まらない。
おまけに ホームレスのおじさんもたくさん寝ていたらしいです)
その近くの 物売りがたつ歩道橋に
不思議なマジックを披露する魔術師がいて。。。
とこの後は本を読んでいただくとして。
ある読者の方が、
本当に魔術師がいたのか?
この人物は実在なのか?
と聞いたら、呉先生は
「小説は虚構に過ぎない。
中華商場を舞台にしているが、実際の中華商場と僕の小説の
中の場所は全く同じではない」
と答えられていました。
だから、逆に 今の時代の人が
行ったこともない 中華商場に
まるで行ったように感じるのが小説の魅力なのだ、
ともおっしゃられていました。
呉先生はイラストも大変お上手で、
これは ご自身でかかれた 当時の中華商場だそうです。

昔
鉄道の近くはうるさいから、
その近くに住む人は貧しい人たちだった。
本当にいろいろな人が暮らしていた。
子供の頃、線路には柵がなかったので、
目をつむって 線路を駆け抜ける遊びが流行っていた、
(亡くなったお子さんもいた、と言っていました)
そんな幼いころの忘れられない思い出。
その記録をほんの少し 残したくて、
こんな本にまとめてみた、
とおっしゃっていました。
そのお話ぶりから
真面目なお人柄が感じられ、
自分の思いを作品として残すことに
強い使命感を持っておられることが分かるお話でした

もう一人の作家さん
何致和先生は まだ作品が日本語訳されていないそうです。
先ほどの 呉先生と ほぼ同年代で、
子供のころは 龍山寺の裏
萬華(ばんか)といところにお住まいだったそうです。
華西街夜市の裏の蛇の血を飲ませる店がたくさんある通り、
それから 春をひさぐ女性が商売をする通り、
などなど、
当時は 大人から 子供は絶対!行っちゃいけない
と言われている場所がたくさんあったんだ。
とそれはそれは 楽しそうに話す何先生。
四角いテーブルの四隅に鎖がついていて、
真ん中に 丸い穴が開いていて、
お皿状になっているものがあって、
子供心に何かなぁって思って穴に頭を入れたんです。
そしたら、初めて気づきました

それは サルの脳みそを食べるためのテーブルでした

(満漢全席にもあるというサルの脳みそは
生きているサルの脳を食べるものでした)
うげぇえとなる我々をみて、
なんとも楽しそうな先生。。。

他にもたくさんの面白いお話がいっぱい。
お二人とも、とてもお話し上手で、
2時間が短かったです。
お二人のお話から、
街って 生きているんだなぁって思い。
だからこそ、
今 自分がいる場所を大切に
今 自分がいる場所を幸せにしないといけないなぁ、
と思いました。
本日27日(土)、28日(日)もトークイベントがあります。
もっと台湾
http://motto-taiwan.com/2015/06/0621/
