大熊猫
です。
明日には スコットランドの独立に関する
投票結果が出るようですね。
もし スコットランドが独立ということになったら、
無血であり、市民(国民?)の自発的選挙による
初の民主主義的独立、
ということになるのでしょうか。
スコットランド事情に関して
疎いと言うより、
全く知らなかったので
本当にびっくりしました
昔 中国に住んでいたとき、
民族とはいったい どういう定義なんだろう?
と 考えたことがありました。
中国の学校では 必ず、
『中国には漢民族の他に 55の少数民族がいる』
と習うからです。
(55?56??ちょっと定かでなくなってしまいましたが
)
Wikiによると
民族とは、
一定の文化的特徴を基準として他と区別される共同体
とされています。
では、その文化的特徴とは、
「土地、血縁関係、言語の共有(母語)や、
宗教、伝承、社会組織など」で 分別されるようです。
中には
明らかに少数民族ですね、という
顔つき 肌の色が異なる民族の方もおりますが。
外見上は 全く見分けがつかない方々もいます。
例えば 清朝時代の支配民族だった 満州族の人たちは
元々 自分たち固有の言語 満州語を話していましたが、
今ではほとんど話せる人がいなくなり、
外見上も 漢民族とあまり変わりません。
大きく文化が違うため、
中国国内で ずっと独立の運動がおこっているのが
チベット族とウイグル族の人たちでしょうか。
彼らは特に 宗教的考えが 漢民族とは
相容れません。
実は
大熊猫は チベット人の先生にチベット語を
2年くらい習ったこともあります
(今は 挨拶くらいしか 言えなくて、
習ったとは恥ずかしくて言えませんが)
彼らが本当に住むべき場所
中国国内では 西蔵自治区と呼ばれる場所は
訪れるたびに
漢民族住民の人数が増えて、
風景が変わってしまいました。
ポタラ宮殿の前の広場で
大きな音で 中国語の軍歌が流れているのを
聞きながら チベット族のガイドさんと運転手さんは苦笑い。
独立がよいことなのか
悪いことなのか、
結果は たぶん すぐにはでないでしょう。
でも、その国独自の素晴らしい文化は
彼らのやり方で 守って欲しいな、
と思うのは 違う国を基盤とする者の
エゴでしょうか
この 禅問答をするチベット僧侶たち。
2008年 当時は自由な空気が流れていましたが。
翌年に行ったときは
漢民族の兵隊が多数監視する中、
少年僧侶ばかりが不自然と多くて、
変な雰囲気でした。
残っていて欲しい、
彼らの大切なもの。
オンマニペメフン

です。明日には スコットランドの独立に関する
投票結果が出るようですね。
もし スコットランドが独立ということになったら、
無血であり、市民(国民?)の自発的選挙による
初の民主主義的独立、
ということになるのでしょうか。
スコットランド事情に関して
疎いと言うより、
全く知らなかったので
本当にびっくりしました
昔 中国に住んでいたとき、
民族とはいったい どういう定義なんだろう?
と 考えたことがありました。
中国の学校では 必ず、
『中国には漢民族の他に 55の少数民族がいる』
と習うからです。
(55?56??ちょっと定かでなくなってしまいましたが
)Wikiによると
民族とは、
一定の文化的特徴を基準として他と区別される共同体
とされています。
では、その文化的特徴とは、
「土地、血縁関係、言語の共有(母語)や、
宗教、伝承、社会組織など」で 分別されるようです。
中には
明らかに少数民族ですね、という
顔つき 肌の色が異なる民族の方もおりますが。
外見上は 全く見分けがつかない方々もいます。
例えば 清朝時代の支配民族だった 満州族の人たちは
元々 自分たち固有の言語 満州語を話していましたが、
今ではほとんど話せる人がいなくなり、
外見上も 漢民族とあまり変わりません。
大きく文化が違うため、
中国国内で ずっと独立の運動がおこっているのが
チベット族とウイグル族の人たちでしょうか。
彼らは特に 宗教的考えが 漢民族とは
相容れません。
実は
大熊猫は チベット人の先生にチベット語を
2年くらい習ったこともあります
(今は 挨拶くらいしか 言えなくて、
習ったとは恥ずかしくて言えませんが)
彼らが本当に住むべき場所
中国国内では 西蔵自治区と呼ばれる場所は
訪れるたびに
漢民族住民の人数が増えて、
風景が変わってしまいました。
ポタラ宮殿の前の広場で
大きな音で 中国語の軍歌が流れているのを
聞きながら チベット族のガイドさんと運転手さんは苦笑い。
独立がよいことなのか
悪いことなのか、
結果は たぶん すぐにはでないでしょう。
でも、その国独自の素晴らしい文化は
彼らのやり方で 守って欲しいな、
と思うのは 違う国を基盤とする者の
エゴでしょうか
この 禅問答をするチベット僧侶たち。
2008年 当時は自由な空気が流れていましたが。
翌年に行ったときは
漢民族の兵隊が多数監視する中、
少年僧侶ばかりが不自然と多くて、
変な雰囲気でした。
残っていて欲しい、
彼らの大切なもの。
オンマニペメフン
