戦争体験談、聞いたことある?
▼本日限定!ブログスタンプ
中学の頃に社会科の課題で、
戦争を体験した方の話を聞いてレポート提出するというものがあり、
祖母から話を聞きました。
東京大空襲といわれている空襲の中を、
まだ幼い父の手を引き、生まれたばかりの伯母を背負って逃げ回った話も聞きました。
食べるものを求めて、上野の闇市へ通ったという話もありました。
祖母が終戦を知ったのは、その上野の闇市だったそうです。
闇市で「奥さん、もう戦争終ったんだよ。もうここにも来なくてよくなるよ。」と言われ、
体の力が抜けて、しばらくその場へ座り込んでしまい、自然と涙が流れてきたと聞きました。
祖母が、空襲をくぐり抜け、食料を探し回り、必死で子を守り、生き延びてくれたからこそ、
自分が生まれることになって、いまこうして生きているわけですね。
祖父も徴兵はされていたようですが、
戦地に行かされることなく、終戦を迎えたそうです。
終戦を迎えた時は「海で泳いでた」と言ってました。
祖母から聞いたところでは、祖父は頑固なところがあったから、
上官から殴られりもして、その時に耳の鼓膜が破れたようで、
ずっと片方の耳は不自由してたようです。
その祖父も「戦争は人殺しだ」としばしばて言っていたのを覚えています。
今では、祖父母も両親も他界してしまい、
戦争を体験した世代は自分の家族からはいなくなってしまいました。
戦争は、遠い過去の歴史の話ではなく、
祖父母の代の話であり、自分が生まれた昭和の時代の事でもあります。
もっとしっかり向き合わなければならないことだと思うのですが、
普通に暮らしていると、ほとんど向き合うことも無く過ごせてしまったりもしますね。
敗戦を終戦と言い換えたり、忘れ去りたい過去、触れられたくない過去みたく、
戦争の記憶を消し去りたいのが国の方針なのか、学校でも戦争のことは詳しく教えないですね。
終戦の日というのは、
1945年8月14日に日本がポツダム宣言を受諾を連合国に通告し、
翌日、8月15日に昭和天皇が玉音放送で日本国民に対して日本の降伏を公表した日というものであり、
一方的に日本が宣言しただけで、交戦国同士が合意して戦争が終わった日では無いのですよね。
1945年9月2日に、日本が正式に降伏文書の調印したことで、交戦国同士の戦争終結が確認されました。
アメリカにしてもロシアにしても9月2日を、第二次世界大戦の終戦の日としています。
戦争などは、
権力者が勝手に始めて、国民たちが、それに従わされているものですよね。
なので、戦争をしないためには、
権力者に戦争をさせないように監視する必要があります。
それには、政治に目を向け、誤った方向に進まないよう選挙で意思表示することです。
成立過程はどうであれ、
日本には、戦争放棄を記した憲法があります。
戦争をしたくないのであれば、憲法を権力者に守らせるのが一番簡単な方法です。
8月15日になって「あの過ちを二度と繰り返しません」などと言っていたところで、
戦争は無くなりません。
実際に、今の政権は、戦争が出来るような法律を成立させたり、憲法を変えようとしていますよね。
憲法に縛られる側の権力者が、憲法を変えたいなどということは、
犯罪者が刑法を変えろと言っているのと同じです。
すでに、この国は、誤った方向に進んでいるわけで、この方向を改めるためには、
国民が政治に目を向け、選挙で政権を変えるしかないということです。
最近では、
近隣諸国との溝を深めるような報道がしばしばみられますが、
これも政権の意向をくんだものなのでしょうね。
かつて、関東大震災の時に朝鮮の方が弾圧されたということを聞いた事がありますが、
祖母も関東大震災を経験をしてますし、
自分が子供の頃、「朝鮮人みたいで嫌い」という言葉を使っていたのを覚えてます。
祖母が子供の頃は、朝鮮は悪いものという風潮が形成されてたのでしょうね。
それが身に着くくらい国が情報操作をしていたということです。
でも、祖母は焼肉を「朝鮮焼き」と呼んでたりもしましたが、
「朝鮮焼き食べたい」ともよく言ってましたから、朝鮮を憎んでいたわけでもないようでした。
国の意向をくんだ報道というものは、
国民に敵対心を植え付け、戦争を肯定させるよう誘導するというものもあります。
それは、いまの世の中でも注意が必要です。







