at Chester
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ブログ終了のお知らせ

イギリス滞在時のブログ「at Chester」はこれにて終了。これまで講読ありがとうございました。アーカイブのミラーサイトを近日中に開設する予定です。

さて、過去の記事を振り返りつつ、印象に残っているものを抽出してみました。

息子によるイギリス観光地ベスト3
 一位: ストーンヘンジ
 二位: ネス湖
 三位: タワーブリッジ

その他の印象に残っている観光地(北から順に)
【スコットランド】
  マル島(BBC子供番組バラモニーの舞台)
  アイリーン・ドナン城(スコットランドで最も美しい城)
  スターリング城
  ロッホリーヴン城(メアリー・スチュワートが幽閉されていた湖の中の孤城)
  エジンバラ(合計3回も観光へ)
  ロスリン礼拝堂(ダビンチコードの最終シーン)
【イングランド】
  ハドリアヌスの城壁
  エンジェル・オブ・ザ・ノース
  MIKASA Street(戦艦三笠建造地)
  ラヴェングラス-エスクディル鉄道
  ハワース(嵐が丘)
  リバプールのビートルズ
  ターズベリー教会(不思議の国のアリス)
  ケンブリッッジ・ウールズソープ(ニュートンの林檎の樹)
  オルソープ宮殿(ダイアナ妃生家)
  カスル・クーム
  リーズ城(ブログ未掲載)
  プーさんの森(ブログ未掲載)
  ライ(ブログ未掲載)
  セブンシスターズ(ブログ未掲載)
  ミナークシアター
【ウェールズ】
  スランゴレン鉄道(機関車トーマス)
  ポントカスステ水道橋
【イギリス外】
  ダブリン(アイルランド)
  パリ(フランス)
  ローマ(イタリア)
  東京(一時帰国)

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(slainte mhaith!)

日本帰還: repartriation to Japan

d327ad99.jpg成田到着の3時間程前に、娘が40度近い発熱。いつものブリタニアウィルスによる風邪なのであるが、機内で急病人が出たということでちょっとした大騒ぎに。まだ機内は就寝時間中で、スチュワーデスさんたちが手隙だったためか、多くのスチュワーデスさんたちがやってきては、氷水やポカリスエットや冷えピタ等をくれるという至れり尽くせりの対応。「お客さんの中からお医者様を探しましょうか?」とも打診れたが「ただの風邪ですから」と断った。なお急病人が出たということで、娘のパスポート番号を聞かれて、成田の検疫所に航空無線で通報された。ちなみに持参していたカルポールを呑ませたが、38度5分程までしか下がらず、相当強力なブリタニアウィルスである。まぁ確かにこの一週間は、ボイラーが壊れてトラベルインに泊まったり、最後の三泊はミルホテルに泊まったり、しかも子供達は毎日欠かさず小学校やナーサリーに通っていたので、疲れていて当然かもしれない。一方、体がダルかった私も体温を計ってみたところ、なんと38度6分。金曜夜からのダルさは熱だったことをこの時自覚した。この時点で、更に私まで急病人に加えられて通報されるのも面倒なので、私も子供用のカルポールを服用。すると1時間程で平熱まで下がった。さて成田到着時には、まず全ての乗客が降りた後に、我々はスチュワーデスさんたちに付き添われて最後に降機。すると飛行機の出口にはANAの地上スタッフのお姉さん二人が待ち構えていて、我々の手荷物は全て運んでくれたり、乗務員用の窓口にて優先的に入国審査をやってくれたりと至れり尽くせりである。もちろん急病人が逃走しないようにという監視の意味もあるのだろう。検疫所では医者が診察し「ただの風邪か、インフルエンザか、溶連菌かもしれませんね。空港内の診療所の受診をお勧めします」という診断結果。隔離の必要な伝染病ではなかったので、無事解放された次第である。その後、スーツケースを受け取って、別送品有りの税関手続きをして、地下にある成田空港クリニックまでANAの地上スタッフが案内してくれた。医師の診断結果は「解熱剤を処方しておきます。また扁桃腺が腫れているので『抗生物質』を出しておきます」というもの。その「抗生物質」という言葉の響きに感動。イギリスのNHSのGP (ホームドクター) なら「カルポールを飲ませて、2-3日経っても症状が変わらなかったらまた来てください。カルポールは喉の腫れにも効きますよ」というだけで終わりである。ということで、医療後進国から脱出してきたと実感した瞬間である。なお、その場で解熱の座薬を入れてもらって、薬代込みで935円。イギリスのNHSなら無料だが、タダ程怖いものはない。NHSは忌まわしい経験であった。それにしても娘の風邪に振り回された2年間、最後の最後までやってくれたものである。帰宅は20時半。チェスターのミルホテルからのdoor to doorの所要時間は23時間半であった。日本式の風呂にゆっくり入ってから、風邪薬を飲みたかったのでビールは呑まずに寿司を食べた。ちなみに古今東西の風邪薬の主成分はパラセタモール (別名アセトアミノフェン) であるが、カルポール5ml中(3歳児以上)にはパラセタモール120mg、大人用のイギリス大衆薬のナイトナース1回2錠でパラセタモール500mg、パブロン1回1袋でパラセタモール300mg。イギリスの大衆薬の方が強力だが、持って帰ってこなかったので、パブロンを呑んでから寝た。しかし薬が切れた深夜二時頃に時差ぼけで起床したが、熱は38度5分に戻っていた。一方、元気快調で、日本に帰ってきて興奮している息子は、翌朝9時まで一睡もせずに起きていた。さて日本帰還に伴い、チェスター日記はこれにて終了。今後はイギリスネタだけを不定期に更新予定(み)

さらばイギリス: good bye UK

bc29cd2e.jpg32d8b3b5.jpg96e3766b.jpgホテルの朝食をゆっくりとった後、10時にチェックアウトして、フロントにスーツケースを預けてチェスターセンターを最後の散歩。ローマ時代のチェスターのについて展示されているDEWAに初めて入館。その後、ハンドブリッジから城壁を半周してホテルに戻った。タクシーが12時丁度の予定で、その10分前に戻ったところ、タクシーは既に来ていて、さらにTさん御一家もお見送りにいらしていた。大スーツケース4個、機内持ち込み用小スーツケース2個を積み込んで、Tさん御一家に挨拶してミルホテルを後にした。マンチェスター空港まで40分程で到着。チェックイン時に、マンチェスターから成田まで通しでの航空券を購入していないことが判明。会社で航空券を手配してもらったが、よっぽどケチな買い方をしたのであろう。ロンドン行きの14時半出発予定の飛行機は、14時半に到着。よって50分遅れで出発。

5cb1ef74.jpgさてヒースロー空港では、一旦スーツケースを受け取って、外に出た。国内線の到着がターミナル1で、ANAのチェックインカウンターがあるターミナル3までを、スーツケースを持って、長い地下道を徒歩で移動。パリのシャルル・ド・ゴール空港と並んで、世界最悪の乗り換えが複雑怪奇と呼ばれているロンドンのヒースロー空港にて、空港外を通ってターミナル間を徒歩で移動とは、トホホではあるが、貴重な体験である。会社がケチらずにマンチェスターから成田までの通しのチケットを購入していたら、フライトコネクションのバスを使って手ぶらで移動できたはずなのに。そして無事チェックイン。なお費用はイギリスの会社負担なので、今回はビジネスクラスである。3歳児にビジネスクラスとは、将に猫に小判ではある。これまでに経験したことの無い厳しいセキュリティーチェックを経て、ビジネスクラスのラウンジに到着したのは出発の1時間前。荷物を預けた後、この短い時間内で、免税の還付とか、ハロッズのテディーベアーを購入したりとか、折角のラウンジを満喫する余裕も無く、慌ただしく過ごしたのちにNH202に上機。なおビジネスクラスにはウチ以外にも小さな子供が結構居て、しかもウチの子供達よりも騒がしかったのでホッとした。ということで、ビジネスクラスで静かに時間を過ごしたいのなら、日系以外のエアラインがお勧めかもしれない。シャンパンサービス (写真) にてイギリス脱出を祝って、息子に任天堂DSをプレゼント(み)

最終登校日: the last school day

c7bb2992.jpg今日金曜日は生憎の雨。子供達のナーサリー・小学校の最終日。ナーサリー・小学校に送って行きながら、園長先生や校長先生に挨拶をして回った。「子供は違った言語だけでなく、違った国の文化も吸収できたことはよかった」というのは、ロンドンテロの影響もあり、結構よい殺し文句の挨拶であった。ナーサリーのバーニーズ (Bunnies Day Nursery) 、ウェーバトン小学校 (Waverton Primary School) の関係者の皆様には大変お世話になりました。両者ともチェスター地区にて評判が高く、お勧めである。さてその後はブロートンのショッピングセンターへ行き、ウールワース (Woolworths) にて格安のスーツケースを購入。19.99ポンド (約4000円)。ということで荷物のスペースに余裕ができたことから、心置きなくショッピング。妻がクラークス (Clarks) にて靴を購入。雨も上がったので、次にホテルに車を停めてチェスターセンターに行き、ロウズをブラブラした後に、タイ料理店Ruan Orchid でランチコースの昼食。その後ホテルにて荷造りをして、小学校に息子を迎えに行った。担任の先生は、息子の評価についての引き継ぎ書類を作成してくれたが (当然英語)、果たして日本の小学校で読んでくれるものかどうか疑問。記念にはなる。同級生のジョンやアレックス(共に男の子)は、息子との別れに義理堅く泣いていた。一方の息子はあっさりしたものであった。イギリス最後の夕食をご馳走してくれるAさん宅に妻と息子を降ろしたあと、チェスター駅前の Europcar で5日間借りたレンタカーを返却。そして駅前からブラックキャブ (タクシー) に乗って、ナーサリーにお迎えに。ナーサリーではブラックキャブを待たせておいてから、次にAさん宅に直行。待ち時間はタクシーメーターにはカウントされてなかったので、充分にチップを弾んで合計11ポンドを払ったら運転手は大喜びだった。ちょっとチップが多すぎたようだが、帰国祝いのご祝儀である。Aさん宅ではローストチキンやデザートのトライフルをご馳走になり、楽しく時間を過ごしたあと、ホテルに戻ったのが22時過ぎ。赤ワインを飲み過ぎで酩酊したためか、あとは明日の昼に手配してあるタクシーに乗って帰るだけだとホッとして2年間の緊張から解放されて免疫機能が下がって風邪を引いたためか、体がダルい(み)

最終労働日: the last working day

e678760a.jpgホテル暮らしの1泊目を終えて、子供達をナーサリー・小学校に送って行った後、チェスターセンターの不動産屋へ。本来であれば、家の近所の不動産屋の社員宅に鍵を届ければよいとの大家さんからの指示であったのだが、その社員一家は旅行か何かで不在。話が違うが、よくあること。ということで、わざわざ店舗に届けた。その後出勤と身辺整理。15時から極親しい社員だけでの非公式のお茶会が、社内の喫茶コーナーであった。(イギリスから日本に帰ることで) 何が惜しいか、という同僚からの質問には、「life & work balance」「日本では残業をすることが当たり前だから、定時で帰宅するイギリスが羨ましい」と答えた。またお土産として何を買ったか、との質問には、「紅茶とかチョコレートとか買ったが、子供が英語を忘れないように、センズベリーの溜まったポイントでDVDソフトを多く買った。バラモニとか、ファイアーマンサムとか買ったけど、ピングーは買わなかったと答えた」(補足: ピングーでは「ガー」とか「グー」しか音声が無い)。退社は17時半過ぎ。これにて2年間の英語環境の仕事が終了して万々歳。夕食はホテルの近くの中華料理レストラン、スローボートにて。子供OKで、しかも早い時間だったので、気兼ねなく入店。焼き飯の様に、米の一粒一粒までに火が良く通っていたチャーハンが美味であった。写真はレストランから歩いて帰ってきたときに撮ったミルホテルの外観。(日本式で言うところの) 3階の右端の、写真では2階に見える部屋に宿泊中(み)

さらばクリストルトン: good bye Christleton

c9b4ad8d.jpgさあクリストルトン村 (Christleton) の貸家からの退去日である。9時にはDee Valley Water (水道屋) がメーターの検診に来た。手紙が通じていた証拠である。BT (ブリティッシュテレコム) に電話して電話の解約をしようと思ったら、その電話番号が無い。最早モデムは梱包済みなのでインターネットも使えず。ということで、電話帳で必死に調べた。良い教訓である。ちなみに番号は0800-800-123である。日本の116というような簡単な番号ではない。そして電話番号が判明した朝9時過ぎにBTに電話して、電話回線と同時にブロードバンド (加入時は1Mbps、現在は2Mbps) も解約。ADSLは12ヶ月以内の解約だと違約金が取られるが、2年程住んでいるので問題なし。そしてADSLの開通と同時にBTから配られた、すぐオーバーヒートする使い物にならないUSBモデムは返却する必要はないとのこと。使い物にならないので、日本には持ちかえらずに捨てることにした。またBTから余剰金を小切手で返却したいから、ということで日本の住所を聞かれたが、これが難儀。NATOコードを使って、(イギリスと比べて) 非常に長ったらしい住所を伝えた。さて、9時半に来る予定だった引っ越し屋は15分遅れで到着。船便の際は時間より早く来ていたので心配した。今回のスタッフは2名。航空便の箱数は11箱であった。なお梱包して、トラックに詰め込むまで55分。その後、リサイクルセンターに車一杯分の最後のゴミ捨て。

22a2156d.jpgそして日本帰国までの3泊するチェスターミルホテル (Mill Hotel) にスーツケースを持ってチェックインしてきた。チェスターセンターの運河沿いにある、ビクトリア調の外観、内装はベーリーイングリッシュなホテルである。ちょっと好みが分かれが、イングリッシュな雰囲気に浸りたいならお勧めである。我々は、ダブルベット1台、シングルベット2台のファミリールーム (写真) に宿泊。そして小学校のお迎えまで時間があったので、クリストルトン村の運河沿いにある、不思議の国のアリスに由来する名物パブのチェシャーキャット (Cheshire Cat) で少々遅い昼食をとり、そのまま小学校へ直行し、息子と共に一旦借家に戻り、テレビ等を積み込んでTさん宅に。その後、借家に再度戻り、最終確認と荷物を積み込み、娘をナーサリーに迎えに行ってから、Tさん宅で家族で夕食をご馳走になった。子供連れのホテル住まい家族には有り難い心遣いである。さてチェスターのクリストルトン村に2年間住んだが、これでお別れである。皆でホテルに入ったのは21時(み)

アンテナ撤去: antenna remove

25036a15.jpgホテルで起床。ホテルで朝食後、子供達はナーサリーと小学校に直行。さて先週アレンジしたアンテナ工事業者が予定通りやってきた。本日の「午前中」との予定で、朝10時にやってきて、15分程の作業でJSTV視聴用の大型衛星アンテナを撤去(写真)。料金は65ポンド (約13,000円)。少々高い感もあるが、仕事は完璧で、跡の残らないように仕上げてくれて満足。ちなみに二年前に同業者にアンテナ設置をお願いした際には「午前中」との予定で11時55分に業者がやってきた、という洗礼を受けたことがあったが、今日は運が良かった。その後出社。日本の会社の厚生課を通じての、日本での家探しが難航中。日本民族はもう少々優秀かと思っていたので残念である。今後は同様な洗礼を多く受けることであろう。帰りはTさんに家まで送ってもらった。ところで明日にはこの借家を退去して、暫しのホテル住まいに。ということでイギリスでのブロードバンド環境も今晩で終了のため、次回のブログ記事の更新は日本帰国後、ということになる見込み(み)

車売却: sold cars

朝、子供達をナーサリーや小学校に送って行ったあと、最後の洗車をして、車をディーラーに持って行って2台とも売却。車売却のこれまでのスケジュールは、3月1日にディーラーに相談に行き、3月10日に車を持って行って査定してもらい、本日3月20日に引き渡し。価格は3月1日の相談時に年式・走行距離を口頭で伝えた段階で決定し、査定も最終確認もあっさりしたもので驚いた。ちなみに価格は、(1)2年前に60,000ポンドで購入した車歴1年半 (当時) のポロが25,000ポンド、(2)2年前に130,000ポンドで購入した新車のトゥーランが95,000ポンド。日本に買い取り価格からすると破格の高さである。興味深いことは、共に2年で3,500ポンド価格が下がっていること。よくイギリスからの退却時に車の売却で苦労した話を聞いたが、残存価格が高かったためか、ウチは楽であった。もっとも、フォルクスワーゲンのディーラーのセールスマン一人から2台とも購入し、整備もお願いしていたから(履歴がしっかりしていたから)、楽だったのかもしれない。ということで、Dane ChesterのセールスマンのMal Riley氏には、私の下手糞英語に2年間付き合ってもらい、お世話になりました。その後タクシーでレンタカー屋のEuropcarへ直行。エコノミーカーを予約しておいたところ、予想通りフォードフォーカスのディーゼル車であった(苦笑)。2年前にこのレンタカー屋を利用した際もフォードフォーカスのディーゼル車。ディーゼルはエンストし易いので嫌いである。MTの操作性もVWには敵わない。次にチェスターセンターの銀行に行き、ディーラーで受け取った車の売却代金の小切手 (12,000ポンド) を自分の口座に入金。決済には4労働日要するということで、金曜日に現金化できるということ。しかし日本のディーラーのローン金利より、イギリスの定期預金の方が金利が良いので、円には換金しない予定。ところで大量に余った小額コインだが、センズベリーの店頭の両替機を本日初めて利用してみた。画面の指示通りにコインを投入すると、バウチャーが発行されて、それをサービスカウンターにもっていくと、現金に替えてくれる。なお手数料が7%程かかることを初めて知ったが、ちなみに50p以下の硬貨だけだったものの、合計13ポンド (2600円) にもなった。これにネクターカードで溜めたポイントを全て使って、Peppa Pig、Big Cook、Fireman Samの子供向けのDVDを購入。また郵便局に郵便物の転送手続きに行った。これまでに聞いていた話では、チェスターの本局でしか申し込めないということであったが、実際には最寄りのどこの郵便局でも可能であった。所定の申込書に必要事項を記入して、家の近くの村の郵便局に提出してきた。ちなみにイギリス国外への航空便での転送料金は、1年間で67.2ポンド (約13400円)である。そして顔なじみの郵便局員にバイバイと言ってきた。なお現住所確認用の身分証明書としてイギリスの運転免許証を提示する際には、Photoカード (携帯用のカード) の他に、カウンターパート (Counterpart: A4サイズに紙一枚) も必要なので念のため。さて自宅のボイラー故障中で、土曜日から風呂に入っていないため、今晩は自宅近くのトラベルイン Chester Central に宿泊することにした。朝食込みで64ポンド(約13,000円)の出費。まさかこんな近くのトラベルインを使うことになるとは思ってもいなかった。お陰で久しぶりに風呂に入り、暖かい部屋で寝た(み)

マンチェスター産業科学博物館

4dfc9ae4.jpgf9aba03a.jpg86812d4d.jpg今日は早起きをして、マンチェスターの産業科学博物館 (Science & Industry Museum) へ。息子のたっての希望により、日本帰国直前に再訪した次第である。実際に当時のスチームエンジンがスチーム動力で稼働していて(左写真) 、産業革命の発祥地だけあって、なかなか良く出来ている博物館である。ちなみにスチームエンジンの傍らにはシェルの潤滑油の容器が置いてあった(中写真)。オイルの名称は、オマラの1000番。当時の機械には重たい粘度が必要なのであろう。蒸気機関車の動力機構を説明するアトラクションでは、学芸員がショートコントをやっていた(右写真)。1年ぶりの再訪であるが、マンチェスターに由来する科学者についての展示ブースが新設されていた。ちなみに熱力学のジュールとか、原子核を発見したラザフォードとか、有機化学のダルトンが、マンチェスターで活躍していたそうである。また古代イスラムの科学技術についての展示が増えていた。昨年7月のロンドンのテロを受けての相互文化理解が目的だと思われる。またこの展示のためか、イスラム系の家族が多かった。夕方まで博物館で過ごしたあとは、サラさんの家に。日本帰国を前に、家族で招待してもらった。very Englishな料理でもてなして頂いて、寒い自宅へと帰宅。本日も風呂は無し。

お誕生日会: birthday party

d2f674e1.jpg土曜日なのでゆっくりと起床。午後から息子の同級生のジェイミーのお誕生日会があったので、会場のブリュースターに息子と娘を連れて行った。クラスは25名だが、20名が出席で、しかも土曜日の午後であったので、ブリュースターのファンファクトリーは大混雑であった。そこでちゃっかり娘を遊ばせた。ところでセントラルヒーティングのウォーターポンプが先週の土曜日に故障したが、なんと夕方にはボイラーも故障した。ということで暖房だけでなく、お湯も使えなくなった。この借家もあと数日でのトラブルである。一方、先週に不動産屋に修理の依頼をしているが、一向に音信不通である。ということで今日から風呂は無し(み)
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