Dicision
ご無沙汰しています。インフルエンザウィルスに感染しておりました'`,、(∀`)'`,、
夢の39度が続出…僕は平熱が34度後半~35度前半なので、
久しぶりに本気で死にかけましたが、タミフルの甲斐もあって今はもう回復しています。
当初は38度で、行きつけの病院にて点滴をしてもらい、風邪薬をもらったんです。
その日に熱さましまで飲んで寝たのに、翌朝には39度(笑)
病院に電話して、親にタミフル取ってきてもらいました。
風邪薬をもらいに行ってインフルエンザをもらったのか、38度だから軽くみられたのか…
最初に検査してもらっておけばよかったですね。
でも院長曰く、新型インフルエンザかどうかは検査じゃ分からないらしいです。
そして『まぁ君が39度なんて、体が精一杯生きようとしてる証拠やな!』
と電話口で言われました。なるほど…と思いつつ。
『いや、誤診しただけですやん!』と思い直した、テストラッシュ前の週末でした。
インフルエンザなんて10年近くぶり。熱がひいていった後も咳がヒドくて、
動いたり、外へ出たりすると(温度差で)ゴホゴホ…だいぶ腹筋が鍛えられました(笑)
要するにテストをほとんど受けれてないんです(ノд<。)゜。
夢の6年生!?とりあえず再試の申請に行こうと思います…
Good morning♪∀⊥ですm(。_。)m
∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥
インフルエンザだと判明して39度の高熱にうなされながらも考えつつ、
今まで考えていたコトについて書いちゃおうと思います。
いや、書かせてください!お暇な方だけお付き合いくださいませ~♪
初めはテストについてでした。授業内のテストはもちろん受けましたし、
真面目に受けた授業もあって、受けていない授業もレジュメやノートは集めました。
次の進路まで決まっていて、その為にも大事なテストやのに…そんな風に思ってました。
でもまぁ要するに受けたくなかったんでしょうね。ふと思い出していたのは小学校の頃。
学校へ行きたくないって強く思っていたら熱が出る子でした(笑)
テスト受けたくないってだけでインフルエンザにかかれるかどうかは定かじゃないですが、
自分の無意識や病原菌までもが、テストを受けるのを妨げたんですよね'`,、(∀`)'`,、
半分は冗談ですけど、何だか腑に落ちました…去年は可能性を模索したくて、
他大学の教授3人へアポとって東京へ会いに行ってみたり、研究計画書を書いてみたり。
興味のあった分野で論文を書いてみつつ、学士入学試験も受けて。
どれもこれも熱意を持って取り組んでいましたが、どうしてもやりたいってコトではない。
途中から薄々は感づいてました…東京でモラトリアムをしたいだけ。
モラトリアムってのは支払猶予期間と訳されますが、転じて心理学で、
『大事なコトを引き延ばしに引き延ばして、やらない状態』を指します。
親の援助も受けながら、大学生っていう気楽なポジションでいたかっただけ。
というより画策してました。お金と才能が集まる東京への憧れと、
そこへいかに生活の軸を持っていくかという計算。それが僕を突き動かしていましたが、
やっぱりそれじゃダメだと、バチがあたったんだなと、高熱にうなされながら考えていました。
来年度から親の援助も受けずに生活していくコトにします。
一般的には当たり前か(笑)大学は卒業しておきたいし、
しておくべきだと今は思い留まっているので、とりあえず学費も自分で払い、
生活していこうと考えています。当分は生活できるくらいの貯えが実はありますし(゚-゜*)
そして卒業後は、お金も才能も集まる東京で試してみたいコトがあります。
最初からそうしてたらよかったんです。色んな要素が、
素のままの僕でいるコトを邪魔していましたが、ようやく整理がつきました。
なんてややこしい人間なんだと自分で思います'`,、(∀`)'`,、
∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥
僕は社会との関わり方という広い意味で、大きな課題を抱えてました。
高校時代から水商売をがっつりやっていたっていう経歴もあり、
表の顔と裏の顔を使い分けなきゃいけないとか、おおっぴらにお金は使っちゃダメだとか…
そんな風に思ってるとは、周りからはあまり分からなかったかも知れません。
金銭感覚の破たんも、社会との関わりとしては大きな妨げになってました(笑)
まぁそれを何とかすべく、去年は販売員のバイトに始まり、今はケーキ屋。
お金を稼ぐってどういうコトなのか、初心に返ってがんばってみました。
さらに僕がセクシャルマイノリティであるコトは、大きな影を落としていました。
やっぱり隠して就職しなきゃダメか…と。聞かれたら答えちゃうタチなんですよね。
隠そうとしても隠せず(ノд<。)゜。この機会にぶっちゃけます。
多くの大学生が就職活動をする3回生の冬、関西のある局のアナウンス職2次面接で僕は、
男性のパートナーがいると発言しました。グループ面接で恋人の話になり、
何だか隠さなきゃいけないってのも胸くそ悪いと思って、つい…'`,、(∀`)'`,、
それが相まってか、落とされましたけどね。
あぁ~誰にも言えてなかったんで、スッキリ(笑)適当にうまく言ってりゃいいのに、
変なとこで不器用なんです…話がそれましたが、その時の面接官の顔はすさまじかった((;゜Д゜))
もう場が凍りついてましたし。それをいいコトに『誰かを想う気持ちは一緒。』とか、
『誰が、愛し合うのは男性と女性だと決めたのでしょうか。』とか言ってました。
あとは親との関係。ここ何年かは親が病気をしたコトもあって関わりが濃くなっていました。
話す機会が増え、その中で見えてくるのは、やっぱり僕に対する期待。
今となっては関係を見直す為にとても有意義だったと思いますけどね。
普通でいいから企業に入って欲しい。できれば大きな企業に…
親としては当然と言えば当然なのかも。去年は両親の誕生日にメッセージカードを書き、
日頃の感謝と共に『(両親が)望むような生き方はできないと思う。ごめんなさい。』
と添えました。セクシャルマイノリティであるコトは両親とも知っていますし、
水商売についても、母親には軽く話しました。
きっと企業に就職するコトは親の安心につながるのだと思います。でもやっぱり…
最終的に決断するのは自分自身でしかないですね。何かのせいにできるような決断、
それは誰の為にもなっていない。そんな当たり前のコトに気が付きました。
∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥
でもまずは再試(笑)そして夢に向けて動き出します。
今は本当にただの夢なので、まだ書かないでおきますm(。_。)m
大きく舵を切っていく1年になりそうです。
夢の39度が続出…僕は平熱が34度後半~35度前半なので、
久しぶりに本気で死にかけましたが、タミフルの甲斐もあって今はもう回復しています。
当初は38度で、行きつけの病院にて点滴をしてもらい、風邪薬をもらったんです。
その日に熱さましまで飲んで寝たのに、翌朝には39度(笑)
病院に電話して、親にタミフル取ってきてもらいました。
風邪薬をもらいに行ってインフルエンザをもらったのか、38度だから軽くみられたのか…
最初に検査してもらっておけばよかったですね。
でも院長曰く、新型インフルエンザかどうかは検査じゃ分からないらしいです。
そして『まぁ君が39度なんて、体が精一杯生きようとしてる証拠やな!』
と電話口で言われました。なるほど…と思いつつ。
『いや、誤診しただけですやん!』と思い直した、テストラッシュ前の週末でした。
インフルエンザなんて10年近くぶり。熱がひいていった後も咳がヒドくて、
動いたり、外へ出たりすると(温度差で)ゴホゴホ…だいぶ腹筋が鍛えられました(笑)
要するにテストをほとんど受けれてないんです(ノд<。)゜。
夢の6年生!?とりあえず再試の申請に行こうと思います…
Good morning♪∀⊥ですm(。_。)m
∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥
インフルエンザだと判明して39度の高熱にうなされながらも考えつつ、
今まで考えていたコトについて書いちゃおうと思います。
いや、書かせてください!お暇な方だけお付き合いくださいませ~♪
初めはテストについてでした。授業内のテストはもちろん受けましたし、
真面目に受けた授業もあって、受けていない授業もレジュメやノートは集めました。
次の進路まで決まっていて、その為にも大事なテストやのに…そんな風に思ってました。
でもまぁ要するに受けたくなかったんでしょうね。ふと思い出していたのは小学校の頃。
学校へ行きたくないって強く思っていたら熱が出る子でした(笑)
テスト受けたくないってだけでインフルエンザにかかれるかどうかは定かじゃないですが、
自分の無意識や病原菌までもが、テストを受けるのを妨げたんですよね'`,、(∀`)'`,、
半分は冗談ですけど、何だか腑に落ちました…去年は可能性を模索したくて、
他大学の教授3人へアポとって東京へ会いに行ってみたり、研究計画書を書いてみたり。
興味のあった分野で論文を書いてみつつ、学士入学試験も受けて。
どれもこれも熱意を持って取り組んでいましたが、どうしてもやりたいってコトではない。
途中から薄々は感づいてました…東京でモラトリアムをしたいだけ。
モラトリアムってのは支払猶予期間と訳されますが、転じて心理学で、
『大事なコトを引き延ばしに引き延ばして、やらない状態』を指します。
親の援助も受けながら、大学生っていう気楽なポジションでいたかっただけ。
というより画策してました。お金と才能が集まる東京への憧れと、
そこへいかに生活の軸を持っていくかという計算。それが僕を突き動かしていましたが、
やっぱりそれじゃダメだと、バチがあたったんだなと、高熱にうなされながら考えていました。
来年度から親の援助も受けずに生活していくコトにします。
一般的には当たり前か(笑)大学は卒業しておきたいし、
しておくべきだと今は思い留まっているので、とりあえず学費も自分で払い、
生活していこうと考えています。当分は生活できるくらいの貯えが実はありますし(゚-゜*)
そして卒業後は、お金も才能も集まる東京で試してみたいコトがあります。
最初からそうしてたらよかったんです。色んな要素が、
素のままの僕でいるコトを邪魔していましたが、ようやく整理がつきました。
なんてややこしい人間なんだと自分で思います'`,、(∀`)'`,、
∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥
僕は社会との関わり方という広い意味で、大きな課題を抱えてました。
高校時代から水商売をがっつりやっていたっていう経歴もあり、
表の顔と裏の顔を使い分けなきゃいけないとか、おおっぴらにお金は使っちゃダメだとか…
そんな風に思ってるとは、周りからはあまり分からなかったかも知れません。
金銭感覚の破たんも、社会との関わりとしては大きな妨げになってました(笑)
まぁそれを何とかすべく、去年は販売員のバイトに始まり、今はケーキ屋。
お金を稼ぐってどういうコトなのか、初心に返ってがんばってみました。
さらに僕がセクシャルマイノリティであるコトは、大きな影を落としていました。
やっぱり隠して就職しなきゃダメか…と。聞かれたら答えちゃうタチなんですよね。
隠そうとしても隠せず(ノд<。)゜。この機会にぶっちゃけます。
多くの大学生が就職活動をする3回生の冬、関西のある局のアナウンス職2次面接で僕は、
男性のパートナーがいると発言しました。グループ面接で恋人の話になり、
何だか隠さなきゃいけないってのも胸くそ悪いと思って、つい…'`,、(∀`)'`,、
それが相まってか、落とされましたけどね。
あぁ~誰にも言えてなかったんで、スッキリ(笑)適当にうまく言ってりゃいいのに、
変なとこで不器用なんです…話がそれましたが、その時の面接官の顔はすさまじかった((;゜Д゜))
もう場が凍りついてましたし。それをいいコトに『誰かを想う気持ちは一緒。』とか、
『誰が、愛し合うのは男性と女性だと決めたのでしょうか。』とか言ってました。
あとは親との関係。ここ何年かは親が病気をしたコトもあって関わりが濃くなっていました。
話す機会が増え、その中で見えてくるのは、やっぱり僕に対する期待。
今となっては関係を見直す為にとても有意義だったと思いますけどね。
普通でいいから企業に入って欲しい。できれば大きな企業に…
親としては当然と言えば当然なのかも。去年は両親の誕生日にメッセージカードを書き、
日頃の感謝と共に『(両親が)望むような生き方はできないと思う。ごめんなさい。』
と添えました。セクシャルマイノリティであるコトは両親とも知っていますし、
水商売についても、母親には軽く話しました。
きっと企業に就職するコトは親の安心につながるのだと思います。でもやっぱり…
最終的に決断するのは自分自身でしかないですね。何かのせいにできるような決断、
それは誰の為にもなっていない。そんな当たり前のコトに気が付きました。
∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥∀⊥
でもまずは再試(笑)そして夢に向けて動き出します。
今は本当にただの夢なので、まだ書かないでおきますm(。_。)m
大きく舵を切っていく1年になりそうです。