あれはいつだったか。
多分、小学校の1年か2年の頃だったろうか。
ある日学校から帰り、建付けの悪い玄関を開けると
母親が怪訝な表情で私を振り返りながらこう言った。
「アンタ、誰?ドコの子?」
思いがけない言葉にうろたえて立ちすくんでいると
追い打ちをかけるように、
「よその家に勝手に入ったらアカンよ!帰り!」
見たコトも無いような冷たい顔だった。
(ホントはこの家の子じゃなかった?)
何よりソレが怖くて一生懸命笑おうとしたけど
母はジッと見下ろしながら「出てって!」と一言だけ。
そのままランドセルを引っ掴んで走り出た。
ワケの分からない絶望感と涙を必死に抑え付けながら。
玄関を飛び出る時、一瞬目があった母は笑いを噛み殺していた。
ウソじゃない。ホントに笑っていたんだ。(暗い笑顔)
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家を出たって6歳やそこらのガキが行ける場所なんてたかが知れてる。
結局、港の防波堤に座ってただボンヤリと夕陽が沈むのを眺めていた。
テトラポットの上でカニを追ったりしながら。
すっかり日が落ちて辺りが真っ暗になった頃、トボトボ家に戻った。
母はいつもの母だった。
「ゴメン!ゴメン!冗談やん!」
「ちょっとヤリ過ぎたわ、ゴメンな」
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大人になれば分かる。
あの頃、色んな重いコトが立て続けに起こり
その全てをまだ若かった母が1人で背負い込んでた。
だから余裕が無かったダケ。
ちょっと「病んでた」ダケなんだ。
自分の子供を傷付けて気晴らしするっていう程度に。
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今でも時々、寝付けない夜や薄暗い明け方に
母のあの「暗い笑い」とテトラポットの上のカニを思い出す☆