こんばんは☆


お久しぶりなような気がします。


私は、ブログはすべて携帯でポチポチと更新しているのですが、操作を間違え、二回ほど書いている最中に消えたり、また仕事が忙しかったりしてなかなか更新できない状況でありました。

書きたい事、思っている事がたくさんありますので、これからもよろしくお願いしますm(__)m


さて、北朝鮮による拉致事件が起きた経緯をぼっけもん得意のふわっと書いていきましょう!


みなさまもふわっと分かると思います(笑)




歴史というのは中断する事がなく、常に続いているものです。

私達の今の生活は大げさにいえば、幕末が関係し、鎌倉幕府が関係し、卑弥呼が関係しています。


拉致事件を知るためには、日清、日露戦争あたりから見ればより分かると思いますが、

“太平洋戦争終了直後”


から、ふわっと書きたいと思います。



日韓併合後、日本は韓国に対し、植民地政策を行ってきましたが、欧米列強に比べれば緩やかなものでした。

インフラを整備し、ハングル語、日本語を教え、人口調査、大学にいたっては大阪大学よりも前に、ソウル大学ができました。

併合前に比べ、併合後は人口が二倍に膨れ上がりました。 

また、当時の日本は国家予算の三分の一を韓国に注ぎ込みました。


こんな、お人好しでバカな植民地政策を行ったのは後にも先にも日本だけですね。


上記の通りに日本は緩やかな植民地政策を実行していきましたが、やはり、他国に植民地にされる事をよしとしない人物が表れてきます。


イ・スンマン



金日成


です。


このイ・スンマンは我が国固有の領土の


“竹島”


を泥棒した張本人。


金日成

はご存知のとおり、くそったれジョンイルの父親です。



日本は戦争に負け、


サンフランシスコ講和条約


にて、台湾をはじめ、韓国の領土主権を放棄しました。


朝鮮半島は国家のない状況になりました。


イ・スンマンは上海だったたな?に韓国臨時政府を作っており、金日成は抗日パルチザンとして活躍。

続々と韓国に帰ってきました。


簡単に書けば、

イ・スンマン=民主主義

金日成=共産主義


です。


少し話がそれますが、中国は

毛沢東、蒋介石が中国大陸で日本と戦っていました。

日本が負けた後は蒋介石、毛沢東は思想は違うけども争いをやめ、なかよく中国で国作りを行おうとしていたのですが、やはり内戦になり、日本が作った満州のインフラをフル利用し、またスターリンの援助を受けた毛沢東が優位に戦争を進め、アメリカからの援助が滞り始めた蒋介石は劣勢となり、ついには台湾へと流れました。


日本の敗戦直後、中国大陸には日本人がたくさんいましたが、蒋介石の特別な計らいにより、数年はかかると見られていた邦人の帰国が数ヶ月ですみました。

もともとは蒋介石と戦争をしていた日本ですが、反共で一致しており、また、若き日に蒋介石は日本に留学している事から、


恨みを徳で返す


と言って協力してくれました。

諸説ありますが、たくさんの日本人がいては国家運営に邪魔だとか、日本人が毛沢東率いる共産党に洗脳されては困るとかいろいろあるみたいですが、どちらにしても私はこの部分は非常に感謝しています。


台湾へと流れた蒋介石はいよいよ毛沢東率いる共産党に屈伏するのか?という所まできました。


そこで蒋介石の要望もあり、日本人の軍人が密か台湾へと渡ります。

“白団”

といって、上記に書いたとおり、蒋介石は日本人を円滑に帰国させました。

この事に感謝していた軍人が密かに蒋介石軍と合流したのです。


台湾へと渡った日本人は台湾名に替え、蒋介石の軍人を徹底的に鍛え、毛沢東軍との一戦では指揮をし、対には撤退させる事に成功しました。

これが、今日の中国、台湾問題です。


あれっ!話がズレちゃいましたね(笑)戻します。


朝鮮半島でもイ・スンマン、金日成、両人とも最初は協力しようとしました。


しかし、超大国、アメリカ、ロシアの思惑により、北はロシア、南はアメリカが統治する事になりました。
のちのち、独立させるつもりだったようですが、この超大国による分割がのちの朝鮮戦争に繋がります。


太平洋戦争直後、アメリカとロシアはすでに対立に移行しています。つまり冷戦ですね。

冷戦とはどちらの国家がこの世界の覇権を握るか?という事です。


民主主義vs共産主義


です。


朝鮮半島では、南でイ・スンマンが


“朝鮮半島の唯一の国家”

を宣言。


北でも金日成が宣言しました。


余談ですが、金日成の抗日パルチザンの中にも人物が優れ、優秀な民主主義の考えをもった方がいましたが、

“スターリンの粛正”


を模範し、金日成は次々と仲間を粛正していき地盤を固めていきました。



事実上の朝鮮半島は二国となりましたが、突然、北朝鮮が南の韓国に侵攻してきました。
つまり、


朝鮮戦争の始まりです。


ふいをつかれたイ・スンマンは一時は朝鮮半島すべてを北朝鮮に占領されました。


この事に危機を覚えた日本を統治していたアメリカのドン、マッカーサーは日本に駐留しているアメリカ軍を総動員します。


さてさて、また余罪ですが、現在、自衛隊は憲法違反ではないか?と言われる事がありますが、自衛隊発足のきっかけが朝鮮戦争が始まりアメリカ軍が日本を守れないから、自分たちで守ってくれ!という事で、自衛隊の前組織、


“警察予備隊”


が発足します。


軍を解体し、むちゃくちゃな憲法を押しつけたのもアメリカ

軍を保有しないと押しつけたのもアメリカ。

都合が悪くなったら、軍っぽいのを作れといったのもアメリカ。


すべてアメリカの都合ですね。

ちなみに、憲法とは国家の骨組みであり、理念です。

その憲法はアメリカによって10日ほどで作られたそうです。
押しつけ憲法ですね。

アメリカもすぐにしたら、日本は憲法を改正、もしくわ自主憲法を制定すると思っていたみたいですがなかなか実行しない事を逆に驚いているみたいですね。



さて、マッカーサー引いるアメリカ軍、一応、連合軍の奮起により、一時、朝鮮半島を制圧されていた南韓国は半島の真中まで押し返しました。

つまり、北緯38度の位置です。

ここで、停戦協議が行われました。


“停戦”


です。つまり、朝鮮戦争から50年ほど立ちますが、


“講和”


はしておらず、国際法上は

“戦争継続中”

となっています。



さて、ここからが、拉致の核心に入ります。



韓国にアメリカ軍が駐留することになり、北朝鮮は大規模な軍の作戦を行う事が不可能となっていきました。

朝鮮戦争はたしか1953年に停戦したのですが、ここからスパイを使った工作活動に北朝鮮は入ります。


北朝鮮スパイはこっそり韓国に入り、テロや要人暗殺、殺人、放火、あらゆる工作活動を行っていましたが、10年ほどたつと韓国にスパイが見破られるようになり、次々と捕まり始めました。


当時の日本は少しずつですが、経済が復活し、欧米の各国の国力を抜きはじめ、世界でも信用たる国家となっていきました。

また、学生運動が激しくなり始め、ついには

連合赤軍


というテロ集団が生まれました。


このテロ集団は日本で、はたまた世界でテロを結構しました。

機会があれば今度、連合赤軍を更新しますね。

“ダッカ事件”


をご存知でしょうか?



連合赤軍がハイジャックをし、日本で捕まっている仲間を解放せよ!と迫ったのです。


この時の首相は福田康生元首相のとーちゃん、福田たけおです。


“人命は地球より重い”


という迷言をいい、なんと!犯人の要求に屈伏したのです。

実は、この前後で拉致事件が頻発しているのです。


工作員を南の韓国に送れなくなった北朝鮮は当時、世界でも一番の信頼があった日本人になりすまし、韓国で工作をする事を決定しました。

つまり、

“北朝鮮は自国の都合によって、世界で信頼されている日本人を拉致し、北朝鮮の工作員が日本人になりすまし、韓国で工作活動ができる為に”

日本人を拉致したのです。拉致された家族はたまったもんじゃありません。


拉致の経緯はやはり、ダッカ事件にまる日本国の弱腰外交を見られての事です。

北朝鮮は密か工作員を日本に送り、身寄りのないものや若い女性を次々に拉致していきました。

日本には海軍がいないので、海上保安庁が警備していたのですが、限界がありました。

私が以前から主張しているように、政治家は毅然としていなければなりません。

たしかに、あの時点では多くの人命が救えたでしょう。

しかし、その後も連合赤軍によるテロは続き、多くの方が亡くなり、拉致が発生しています。


みなさん、拉致されている日本人は10人ほどじゃないですよ!

100人は越えていると思われます。

中には日本語担当の日本人がいましたが、ほとんどが機械や電気、医療といった特殊な技術をもった日本人達です。


横田めぐみさんも生きています!

その他、たくさんの拉致された日本人が生きています!

この、くそったれ北朝鮮の国家犯罪を絶対に許してはなりません!


みなさまの怒りが世論となり、政治家を動かし、日本を動かし、世界を動かします。


拉致事件は普通のニュースのように風化させてはなりません。


あなたの子供が拉致されたら?

あなたの愛する人が拉致されたら?


絶対に許す事の出来ない、北朝鮮による日本人拉致事件。

風化させないよう、怒りを忘れないよう、そして拉致被害者家族に1日でも拉致被害者が戻るよう願っています。



なかなかの長文となりました。
前半で述べたとおり、携帯でポチポチと文字を打ち、頭の記憶を頼りに書いていますので、記憶違いや間違いがあるかもしれません。ご了承下さい。

また、分かりにくい文章になってごめんなさいm(__)m
では☆