不安だと言いながらも、まぁまぁ眠れて、朝を迎えた。
8/19 木曜日。
朝から旦那が来てくれた。午前中先生から昨日の採血の結果のお話。
HCGの値はそんなに高くないので(230くらい)、子宮外妊娠だとしても今すぐ卵管が破裂する危険はなさそう、との事。月曜日まで様子を見て、治療方法を考えましょう、と。
相変わらずハッキリしない・・・。
あっ、実家に電話してなかった!と思い電話する。心配してる。。。近々様子を見に来てくれると言うので、パジャマやタオルなどを持ってきて、と頼んだ。
その後、旦那のイトコの奥さんも偶然入院してて、バッタリ会ってビックリ!知ってる人がいて、ちょっとホッとした。
この日は外出してもいいよ、と言われ、いつも行くイタリアンの店でお昼ごはんを食べた。
入院中に必要なものも少し買って、病院へ戻る。
痛みも特にないので、寝てるのもヒマ。
夕方旦那も疲れてるし、次の日から仕事も行かなきゃ行けないので帰ってしまったら急に寂しくなってきて、涙が出てくる。ホームシックみたい。
夕方、ご飯の時間に先生が様子を見に来てくれた。病院食は美味しくないし、寂しくて食欲なんか無い。。。
夜になると一段と寂しくなる。テレビをつけていないとおかしくなりそう。
この日の夜から寝る前に日記をつけ始めた。日記と言うより、愚痴とか思ったことをダラダラと書いただけだけど。。。少しはスッキリした。
読み返しながら記事を書いてるんだけど、愚痴が多い!ご飯が美味しくないとか、病院臭いのがイヤだとか。
産科と婦人科と小児科が1つのフロアになってて、妊婦さんを見る事もあって、辛かった。トイレやお風呂なども一緒。
新生児室の前に内診室があって、そこを通るのが辛かった。
今見ると笑える部分もあるけど、あの時の気持ちを思い出す。
次に妊娠するためには、卵管で流産しかかってる赤ちゃんを体の外へ出してしまわなければいけない事、これが辛かった。
自分の体を守るために、赤ちゃんを出してしまうように思えた。。。
前回の時も同じ気持ちだった。
でも、放っておいても赤ちゃんは大きくなれないし、私の命まで危なくなるかもしれない。
私が死んで赤ちゃんが助かるのなら、それでもいいと思った。でも、私が死んでも赤ちゃんは助からない。
辛いけど、こうするしかなかったんだよね。。。
8/20 金曜日。HCGは215で、前日より微妙に低くなったけど、横倍状態。何とも言えないみたい。
隣の人が退院して、一人になってちょっと気楽になった。
8/23 月曜日。朝の6時から採血。早すぎ。眠たいのに。。。
入院生活にも慣れてきて、神経が図太いのか私?朝も採血がなければ8時の朝ごはんまで寝てる。しかも8時前に先生が見に来てくれて、目が覚める事も。。。恥ずかしかった。夜も11時くらいに寝て、寝すぎな毎日だったかも。
担当のT先生は、毎日朝と夕方、回診以外に見に来てくれた。別に何も言わず、「調子はどうですか~?」って言うだけなんだけど、それが嬉しくて、最初に抱いてた不信感は少しずつ消えていきました。
採血の結果は、HCGが下がって、137。もしかしたら、このまま抗がん剤を使わずに、自然に値が下がっていくかもしれないので、水曜日にまた採血しましょう、との事。
この時点でもまだ子宮外妊娠とは断定してくれなかった。先生慎重だね~。
この日、隣に新しくやってきた患者さん。偶然にも町内の人(以下Hさん)。苗字でお互いすぐに町内だと分かった。42歳の独身で、キャリアウーマン。意気投合して、ずっとしゃべってた。
Hさんは次の週に手術をする予定だけど、血圧が高いために早めに入院。でも、特に安静とかじゃないので、ヒマな私達は売店行って、おやつを買って、屋上へ行っておしゃべりしながら、洗濯物を干したり。
Hさんが来てくれてから、毎日が楽しかった。
8/25 水曜日。朝から採血。
採血ばっかりで、腕が痛い。
HCGは100まで下がった。でも、このまま自然にゼロになるのを待っても、必ずゼロになるとは限らない。ゼロに近づくまでは外出も外泊も出来ない。
この時点で、もう正常妊娠の可能性はナイ。なら、早く体を元に戻して、前に進みたい。
旦那とも相談して、次の日から抗がん剤の治療を始めることにしました。
8/19 木曜日。
朝から旦那が来てくれた。午前中先生から昨日の採血の結果のお話。
HCGの値はそんなに高くないので(230くらい)、子宮外妊娠だとしても今すぐ卵管が破裂する危険はなさそう、との事。月曜日まで様子を見て、治療方法を考えましょう、と。
相変わらずハッキリしない・・・。
あっ、実家に電話してなかった!と思い電話する。心配してる。。。近々様子を見に来てくれると言うので、パジャマやタオルなどを持ってきて、と頼んだ。
その後、旦那のイトコの奥さんも偶然入院してて、バッタリ会ってビックリ!知ってる人がいて、ちょっとホッとした。
この日は外出してもいいよ、と言われ、いつも行くイタリアンの店でお昼ごはんを食べた。
入院中に必要なものも少し買って、病院へ戻る。
痛みも特にないので、寝てるのもヒマ。
夕方旦那も疲れてるし、次の日から仕事も行かなきゃ行けないので帰ってしまったら急に寂しくなってきて、涙が出てくる。ホームシックみたい。
夕方、ご飯の時間に先生が様子を見に来てくれた。病院食は美味しくないし、寂しくて食欲なんか無い。。。
夜になると一段と寂しくなる。テレビをつけていないとおかしくなりそう。
この日の夜から寝る前に日記をつけ始めた。日記と言うより、愚痴とか思ったことをダラダラと書いただけだけど。。。少しはスッキリした。
読み返しながら記事を書いてるんだけど、愚痴が多い!ご飯が美味しくないとか、病院臭いのがイヤだとか。
産科と婦人科と小児科が1つのフロアになってて、妊婦さんを見る事もあって、辛かった。トイレやお風呂なども一緒。
新生児室の前に内診室があって、そこを通るのが辛かった。
今見ると笑える部分もあるけど、あの時の気持ちを思い出す。
次に妊娠するためには、卵管で流産しかかってる赤ちゃんを体の外へ出してしまわなければいけない事、これが辛かった。
自分の体を守るために、赤ちゃんを出してしまうように思えた。。。
前回の時も同じ気持ちだった。
でも、放っておいても赤ちゃんは大きくなれないし、私の命まで危なくなるかもしれない。
私が死んで赤ちゃんが助かるのなら、それでもいいと思った。でも、私が死んでも赤ちゃんは助からない。
辛いけど、こうするしかなかったんだよね。。。
8/20 金曜日。HCGは215で、前日より微妙に低くなったけど、横倍状態。何とも言えないみたい。
隣の人が退院して、一人になってちょっと気楽になった。
8/23 月曜日。朝の6時から採血。早すぎ。眠たいのに。。。
入院生活にも慣れてきて、神経が図太いのか私?朝も採血がなければ8時の朝ごはんまで寝てる。しかも8時前に先生が見に来てくれて、目が覚める事も。。。恥ずかしかった。夜も11時くらいに寝て、寝すぎな毎日だったかも。
担当のT先生は、毎日朝と夕方、回診以外に見に来てくれた。別に何も言わず、「調子はどうですか~?」って言うだけなんだけど、それが嬉しくて、最初に抱いてた不信感は少しずつ消えていきました。
採血の結果は、HCGが下がって、137。もしかしたら、このまま抗がん剤を使わずに、自然に値が下がっていくかもしれないので、水曜日にまた採血しましょう、との事。
この時点でもまだ子宮外妊娠とは断定してくれなかった。先生慎重だね~。
この日、隣に新しくやってきた患者さん。偶然にも町内の人(以下Hさん)。苗字でお互いすぐに町内だと分かった。42歳の独身で、キャリアウーマン。意気投合して、ずっとしゃべってた。
Hさんは次の週に手術をする予定だけど、血圧が高いために早めに入院。でも、特に安静とかじゃないので、ヒマな私達は売店行って、おやつを買って、屋上へ行っておしゃべりしながら、洗濯物を干したり。
Hさんが来てくれてから、毎日が楽しかった。
8/25 水曜日。朝から採血。
採血ばっかりで、腕が痛い。
HCGは100まで下がった。でも、このまま自然にゼロになるのを待っても、必ずゼロになるとは限らない。ゼロに近づくまでは外出も外泊も出来ない。
この時点で、もう正常妊娠の可能性はナイ。なら、早く体を元に戻して、前に進みたい。
旦那とも相談して、次の日から抗がん剤の治療を始めることにしました。