上を見てキリがないのは気持ちいいけれど

下を見てキリがないのは不快だ
恋愛の歌を普通に聞けている自分に
ほっとした
“救い”が必ずしも
嬉しいとは限らないんだなあ
「心配という名の恩着せをしていたのではないか」



“問い掛け”と“疑い”の区別は何か
疑い出したら切りがないよ

自分のことぐらい
自分が信じてあげないと

同時に
表裏一体の醜い感情も
認めてあげないと



切りがないんだ