妄想族 冬なのに夏の思い出記事
十代の頃、どんな大人になればいいのか

いつも考えていました

それはきっと大人になりたくない

という思いの裏返しのようなもの

どうせなってしまうのなら

素敵な大人になりたい

という強い気持ちがあったのだと思いマっする

海が好きだったので

夏であろうと冬であろうと

よく海を見にでかけました

私にとって夏が自由や奔放さや

純粋性や少年性の象徴であるように

海もまた私にとって

夢をいつも忘れない感性の象徴でした

時が流れ、私はすっかり大人になってしまったけれど

心のどこかに今でも確かに感じるのです

ふとした瞬間に十七歳の自分が顔を出すのをね

時間というのは縦に流れてゆくものではなく

絶えず横方向に断面を切り取りながら

流れていくのかもしれないね

どんな大人になろう

いんちきな大人になりたくない

自分に嘘をつくような大人になりたくない

平凡で退屈な訳知り顔をする大人にもなりたくない

どんなに辛いことがあっても

どんなに世間から誤解を受けようとも

心の奥には誰も傷つけることができない

美しく繊細な領域があるように

そんな心の声に正直でいたいと思っていマっする(≡^∇^≡)
私にとって「夏」というのは

素敵な大人になりたいと純粋に

願った十代に立ち返る場所なのかもしれない

心の奥にある美しく繊細な領域のような

自分の場所

夏を忘れない大人でいたい

いくつになっても弾けることのできる大人

いくつになっても少年(少女)に戻れてしまう大人

そして十代の頃と同じように

ずっとどんな大人になろうかと考え続けること

そう簡単には素敵な大人になれるものではないと

大人になった今も感じている現在の妄想族です


