アスラビットのブログ      . -38ページ目

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 ビジネスの方ですが、このところ水面下でかなり動きが出てきました。

 ランチビークルの改善案を、ごく内々の方に、ご内密にご覧いただいているのですが、手前味噌ながら、かなり評判が良いのです。

 13日も、ある社を訪問し、ご内密にご覧いただいたところ、すぐにもフィールドテストをやろうか、などという、踏み込んだ話題が出てきました。

 これまではエクスキューズ付きの賛辞といいますか、発想「は」いいね、みたいな言い方で、その後に続く「下の句」が言下に隠されているような場面が多かったように思います。
                   
 「でもまあ、現実的に使うとなるとね…」みたいな下の句ニュアンスを、感じていたのですね。

 お話が、そこから先になかなか進んで行かない、といいますか。

 先方が懸念していたポイントは、自分でも重々理解はしていたのですが、それを解決する方法がなかなか浮かばず、どうしたもんか、という期間が数ヶ月間続いていました。

 「開発」の連載で書いていますように、これまでも、何度も改善を重ねて来たのですが、今回の改善は得られる効果のデカさという意味では、一、二を争う重要なものとなっており、1つのターニングポイントを迎えた、という実感があります。

 その改善が受け入れられつつあるという事は、かなりゴール(ご採用)に近づけて来ているのかな、と期待をふくらませているところです。
 

 具体的な事が書けず、たいへんもどかしいのですが、皆様に成果を1月中位にはお話出来たらなと思ってやっておりますので、応援していただけますと、まことに幸いです。

 ジョジョとかエヴァとかの話題に逃避しているわけではなく、裏ではコツコツとやっておりますので!

 宜しかったらまた、覗きに来て下さい。


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 昨日本屋さんで、無料配布しているジブリの広報誌(?)「熱風」12月号を入手しました。

 ヱヴァQ(オバQみたいだな。ここに反応するのは40代以上のみか。悲笑。)の特集があるという事で、関係者がQの事をどう言っているのか、気になって仕方がなかったのです。

 表紙はシンジ君とカオル君が夜空の下、DATウォークマンのイヤープラグを分けあって聞いている、ポスターなんかで使われている絵柄です。

 特集の中で、目次でまず目に入ったものとして、大月プロデューサーの寄稿タイトルに「私はやり直すことに決めた」とありました。

 自分は勝手に勘ぐって、「はは~ん、これは今回のQに関しての声明か? これまでは庵野監督の暴走を好きに任せていたやり方を、今後は見直し、ヱヴァのあり方に積極介入してゆくよう、人間関係を再構築してゆく事に決めたのか?!」などと、うがってしまいました。

 しかし何の事はない、自分の方が、妄想の暴走を始めてしまったのでした。

 内容は、大月プロデューサーの個人的な領域に関するお話で、Qとは直接関係のない内容でした。

 自分の渇望、「Qの事、関係者はどう位置づけてるの?! 教えてチョーダイ!!」に対して、ちょっと答えてくれたと思えたのが、ヱヴァの公式ライター、氷川竜介氏の『「アニメーションの感動」を伝導し続ける「エヴァンゲリオン」』の中の、以下の表現です。

>路線を大きく変えたと誤解されがちな「Q」

 ここのみ、Qに対して「形容詞句」が付いております。

 エヴァ特集の巻頭言には、Qの公開初週末のオープニング興行収入の記述があり(11億円超)、この冊子の入稿日はQの公開後、結構最近である事が分かります。

 という事は、氷川氏の上述の「形容詞句」も、仕事関係の人やら、友人知人関係から、大意として「路線を大きく変えたね」という範疇に入る感想を、複数の方から聞かされた結果を受けての表現なのだろうな、と取れます。

 自分が想像するのは、「破までは一見(いちげん)さんにも分かり易い作りになっていたのに、急に難解になったね」とか、「破天荒とはいえ、SF的で『ありそうな世界』観だったのに、新しく出てきた戦艦とかを見てると、なんだかファンタジーっぽくなってない?」とか、「チョークが爆発とか、何だか『バトルロワイヤル』な世界観が入ってきて、破に比べて殺伐としてない?」とかとか、なのかな、と。

 それらの意見は、どちらかというと否定的・懐疑的なニュアンスが多いのでしょう。

 だからこその「誤解されがちな」なわけで。
 
 好評価なら、「誤解」とは言わないよね。

 と、いう事で、モヤモヤ感は依然残るものの、自分と同じように「?」と感じられた方が、多分大勢いらっしゃるのであろう、という事が感じ取れ、ある種の安心感は生まれました。

 ああ、良かった。おかしいな?と思ったのは、自分だけじゃなさそうだ、と。

 氷川氏の寄稿文全体も、どことなく歯切れが悪く感じ、「ああ、スタッフ側(氷川氏は公式ライターとの事なので、スタッフ側として識別させていただきました。)も、あちこちで色々と言われ、聞かれ、どう返そうか、ちょっと困ってるのかなぁ?」などと想像しました。

 Qに関しては、次作が公開されるまで、評価が定まらない可能性がありますね。

 モヤモヤは、まだまだ続くのでありました。
 

 今回はこの辺で。

 宜しかったらまた、覗きに来て下さい。


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 ランチビークル開発ストーリーの、直近までのあらすじですが、開発の経緯の中で、ランチビークル「ブリッジタイプ」の、片方の把手が手から離れると、中の容器が大きく傾いてしまうというヒューマン・エラーを防止するため、把手と把手が離れないようにする方法を、色々と考えているところでした。

 この問題については、現在に渡って色々とご協力をいただいている会社さんのオフィスに、この頃何度か足を運んでいました。

 「この問題が解決すればね。凄くいいところまで、来ているとは思うんだけど」
 
 そんなようなやり取りがあったあと、自分はその会社からの帰り道を、ず~っと解決策を考えながら歩いていました。

 その会社は八丁堀にあるのですが、東京駅までは一駅なので、現在に至るまで、毎回歩くことにしているのです。

 健康の為というのもありますが、片道160円程度とはいえ、電車賃を節約したい、という考えもあり、この頃からずっと、地下鉄相当で3区間位なら、時間に余裕がある時は歩いています。

 考案もお金になるまでは時間がかかりますので、次に急ぐ用事がないなら歩きでいいじゃん、という感じです。歩いて浮いたお金で、缶コーヒーやペットボトルなど飲物が1回分、まかなえますし。運動不足の解消にもなります。

 そんな感じでその日も八丁堀から宝町を経由し、中央通りを横切り、東京駅に向かって歩いていました。

 歩くって、自分のリズムを刻む行為でもあり、一種のトランス状態を作り出すのでしょうか。その時も無意識といいますか、意識下で、何かが働いていたのかも知れません。

 そんな時です。明治製菓のビルの前を差し掛かったあたりでしょうか。

 本当に自分でも良くわからないのですが、その時不意に、次の解決策が「降りて」きました。

 自分は風水の事は詳しく分からないのですが、ひょっとしてこの通りは東京湾から隅田川を経由し、皇居に向かって、たいへん良い龍脈が通っているのかも知れません。

 いや、それくらい、この案に関しては、感覚的には「自作」ではなく、何か「預かり物」のような感じで、フワッと湧いて出てきました。「産んだ」という能動態感覚より、「生まれた」という受動態感覚といいますか。

 その時が、今につなげるランチビークル「クレーンタイプ」誕生の瞬間です。

 私はあわてて近くの八重洲ブックセンターに飛び込み、各フロアの窓際スペースにある「試し読みコーナー」の机にノートを広げて、浮かんだアイデアを書きとめました。

 それでは収まらず、取り憑かれたように持ち歩いていた「ブリッジタイプ」のサンプルまで引っ張り出し、把手部分を握りしめ、中空でこう、把手を目に見えない針の穴に通すような動作を繰り返し、たぶん傍から見ていると、とても危ない人のような奇行を繰り広げていました。

 いやもう、本当に「取り憑かれた」ような感覚です。

 帰りの電車は、凄く高揚感に包まれて帰ったのを覚えています。

 すみません、思いついた時の状況が蘇り、話があまり進みませんでした。

 この後作ったサンプルに関しては、次回にご紹介したいと思います。

 次回の開発は「把手の長さを変えてみた!」の予定です。

 宜しかったらまた、覗きに来て下さい。