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このところブログが滞りがちでしたので、平日にずれ込んでしまいましたが、ジョジョはしっかり書いておこうと思います!
今回のエシディシ戦は、4人いる「柱の男」のうち、退治される2人目という事で、ちょうど半分のところです。
主人公たちの訓練も終わった事ですし、物語の「折り返し点」に到達したといえます。
ここでは、物語の組み立てという点で、非常に興味深い現象が起こっています。
4人いる「柱の男」は本来、カーズを筆頭に明確な序列があり(スピードワゴン談)、レリーフ像の中のポジションから、エシディシは2番目、ワムウは3番目のポジションとなっています。
二人は設定上、「助さん」「角さん」のような並列な関係ではなく、縦の関係なのです。
なので、ごくごく普通に考えますと、ジョジョは訓練の成果として、「無茶振り」のドローに逃げていたワムウにまずは借りを返し、前半戦の終了、さぁ後半はオーラスのエシディシ戦からスタートだ、奴は一体どんな技を持つ?みたいな展開になるのが自然ですよね。
しかし、荒木先生はNo.3のワムウ戦を温存する事を選択し、No.2のエシディシを先にジョジョに絡ませ、そしてエシディシは(少なくともワムウに比べ)意外と簡単に、敗れ去ってしまいます。
本来No.2だったはずのエシディシが、事実上のNo.3のポジションに成り下がってしまいました。 だってこの後ワムウの方は、見せ場が盛り沢山ですからね。
なぜこんな事になってしまったのか?
荒木先生はいつ、こうする事にしたのか?
あくまで憶測するしかないのですが、「柱の男」の3人が目覚めてすぐの、最初のワムウ vs シーザー → ジョジョ戦を描いてみて、荒木先生的には、ワムウのキャラが、想定を超えて思いのほかパワフルに立ってきて、めちゃくちゃ筆が進んだんだと思うのですね。
ワムウは描き易い!グダグダ考えずとも、キャラが勝手に動いてくれる!と。
著名な原作者、小池一夫先生言うところの、「キャラが立ッてる!」んですね。
そして話の先行きを考えた時、シーザーは、誰と戦うのが一番、ドラマが盛り上がるのか…?
ジョジョのアイテム、アメリカン・クラッカー(…途中から地味な「油に浸した糸」になっちゃったけど(痛))に対し、シーザーのアイテムはシャボンですが、このシャボンと絵的に相性がいいのは、熱より風、という判断もあったのでしょう。
シャボンは風に乗って飛ぶものですからね。
シーザーもワムウとは一度チラっと対戦し、歯が立たなかったという描かれ方をしていますので、それに一矢報いるプロットの方が、シーザーも引き立つってもんです。
しかし、何んだかんだで一番大きいのは、エシディシとワムウの性格の方向性かな。
登場時、ジョジョとの対比の中で、ワムウは無骨で実直な戦士、みたいなキャラに固まっていったので、その対比、差別化を行う意味で、エシディシはちょっと軽いところがある(ワムウがリング付けるんだったら、俺も!みたいな)キャラに、振られていったのだと思います。
そんな性格の割り振りになってしまった時、じゃあシーザーとのシリアスなシーンを作り上げるのに、どちらのキャラと絡むべきなのか?
荒木先生が出した答えは、ワムウだったという事なのでしょう。
そうしてみると、エシディシの大泣きシーンも奥深いものがあります。
いつの間にか実質No.3に成り下がってしまった彼が、作品の中で読者(視聴者)の心に強い印象を残すためには、あのような奇行といいますか、ある種の性格破綻者として振る舞うしか手がなかったとも言えます。
人格的に「おいしい」性格要素は、全部ワムウが持ってっちゃったんで。
北斗の拳で無理やり例えると、ワムウはラオウっぽくなっちゃったんで、キャラが被らないよう、エシディシはジャギっぽく成らざるを得なかった、という悲劇があったのではないかと。
荒木先生も当初は予期していなかった成り行きとして。
エシディシの不憫さを思うと、あの大泣きシーンが、また違った意味合いのものに見えてきます。
今週は報われぬエシディシの為に、鐘を鳴らしたく思います。
(アメトークの「北斗の拳芸人」を見たんで、ちょっと影響されちゃってます。レイがマミヤの報われぬ愛の為に、鐘を鳴らすシーンが紹介されていたもので…!)
宜しかったらまた、覗きに来て下さい。