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先日新年会をやった学生時代の友人のお子さん達も、ジョジョのアニメを見ていると聞いて、嬉しく思っている今日この頃です。
確か彼のお子さん達は、年齢的には20代前半あたりです。 幅広い世代に受け入れられているジョジョという作品を好きになれた事を、「俺は誇りに思うッ!!」次第なのでございます。
ところで第2部も、あっという間に中盤戦に突入ですね。
第1部もそうですが、第2部も中だるみするような「捨て」エピソードがなく、毎週毎週が大・盛り上がり大会となっております。
さて今回は「修行」のエピソードです。 「修行」というエピソードをマンガ化(アニメ化)するのって、結構しんどい作業だと思います。
理由はやはり、修行などという行為の本質は、とかく単調で退屈になりがちなものだからですね。
よくあるパターンでは、劇中挿入歌が流れるなか、主人公が「型」など何かの反復運動を繰り返しているとか、その主人公の動きがループしていて、天候が雨になったり雪になったり、桜が降ったり猛暑の日照りになったり、みたいなパターンを15~20秒、という感じではないでしょうか。
若手の作家には、この「修行」を面白く描くというのは相当難易度が高いようで、調べてみましたら第1部の場合でも、荒木先生のお若さゆえか、「修行シーン」と呼べそうなものは、原作ベースで10ページにも満たない分量しか描かれていない、という感じでした。
第2部の今回の修行エピソードも、内容を文字にして書くと、「油でツルツルの柱を上まで登る」という、文字だけ眺めていると、とてつも無くつまらない(ように思われる)演目なのですが、第1部の成功で腕をあげた荒木先生は、この「柱にしがみついて登るだけ」のエピソードを、連載2回半分もかけて、しかもたっぷりと盛り上がるエピソードに仕立て上げてみせました。
このエピソードのあると無しでは、後々の物語の深みがまるで違ってくると思います。
ここで「波紋の一点集中」というコンセプトを深く読者(視聴者)に印象付けた事で、この後様々なシーンで登場する「応用技」が、ご都合主義でとって付けたように感じられるのでなく、「そうそう、あの時の修行があったから、ジョジョはここで機転が利かせられたんだね!?」と、強い説得力が得られます。
また、シーザーとの「苦楽を共にした」シーンをここでしっかり描き込んでおく事で、この先に起こるエピソードに、より感情移入しやすいコンディションを形成しているわけです。 まあ広い意味で、しっかり伏線を張れている、といいますか。
してみると第1部の原作が約900ページに対して第2部の約1,400ページ、このボリュームの差というのは、こういった細部描写の丹念さの差が積み重なっていったものであり、この「差」が、第2部の作品としての完成度の高さを雄弁に物語っているようにも思えます。
第2部は500ページ分、物語が豊かになった、といいますか。
そしてジョジョは今回もさりげに、「うれピー!」を1回、カマしてくれちゃってます。
あぁ、ずるいよォ、ジョジョ! この人たらし!
こうして私はずんずん、ジョジョの深みにはまってゆくわけでした。
今回はこの辺で。
宜しかったらまた、覗きに来てください。