私は妻に

その刻が来るまでは

決して『限界』とは言わせない。



今日は

神経内科の通院日。


妻が

家の外に出るのは

今月、これでたったの二回目である。

いずれも通院日だけだ。



いつもは

レンタルしている車椅子を使い

車に乗り降りさせている。


だが

今日は、あえて

駐車場まで歩かせることにした。


しかし

なんとか理解してくれたはずの妻は

歩きだしてすぐに

やっぱり歩けない、と言い出した。


距離にして

まだ3メートルくらいの地点でのことだ。


車までは

まだ百メートル以上もの

上り、下りの道が待ち受けている。



道中に

人工骨頭の妻でも座れる高さの場所が

一箇所だけある。


そこまでの距離は、残り約77メートル。


この時点なら

家に引き返す手もあった。


だが

私は、ビビる妻を歩かせた。


ここで

この挫けを許したら

いずれぶち当たるかもしれない

もっと大きな困難、苦を乗り越えようとはしないだろうから。



道中

つまずき、転びそうになった妻は

久しぶりの外での歩行の難しさに

ビビってしまい、足をすくませ

とうとう、立ち止まってしまった。


そして

その『限界』を、しかめっ面で訴えた。



左前方約10メートルに

妻でも座れる段がある。


妻は

もう、一步も動けそうにない。


私は急きょ予定を変更し

「あそこまで行ったら

 車をまわしてくるから頑張ろう!」と

妻を安心させ、なんとか、そこまで歩かせることに成功した。


そして私は

急いで駐車場から車を持ってきて

妻を乗せ、主治医のクリニックへ向かった。



私にとっては

たかが80メートル。


しかし 

妻にとっては

気が遠くなる程の

されど80メートルだった。



家に帰り、ひと息ついて


「何とか歩けたネェ!」

「よく、頑張ったネェ!」と

褒めてあげた。


妻は

満面の笑みで、ただ頷いた。



今日のことで

自分勝手に「限界』をつくらずに

一步前に足を出した

あの時の勇気の大切さを

学んでくれていれば、ありがたい。