長男の3歳児健診に行ってきた。

朝、はじめての尿採取はうまくいくのか不安だったけど意外とすんなり採取!

健診会場には息子と同じく年末年始生まれの3歳児がたくさん。みんなほぼ同じ月齢だけど、オムツの子、パンツの子、体格ガッシリな子、小さめで歩き方もぎこちない子、おとなしく座ってる子、チョロチョロ動いてる子、いろいろ。

でも子どもの違い以上に、親の子どもへの接し方が目についた。

昼食後の眠くなりやすい時間帯だし待ち時間は長いしいつもと違う環境。泣いてしまってもしょうがないのに「なんで〇〇だけ泣いてるの、恥ずかしい、恥ずかしい」と言いながら子どもを部屋の隅に引っ張ってく親。自分の恥ずかしさ優先ってどうなのよ?と残念に思う。

誰もいないトイレに続く道で両手をひろげる子に「とおせんぼすんな。3回言ったのになんで聞かないの。おまえ1人ここに置いてく」とキレル親。そもそもなんでそこで手を広げたらいけないのか説明しようよ、そして言葉遣いがひど過ぎだよ、とザンネンに思う。

あの親たちは、もしかしたら今日たまたまストレスが溜まってただけなのかもしれない。でもどんな理由であれ、子どもにはもう少し優しく接するべき、と思う。
ただ、それは割と手こずらずに長男を育ててきた私だから思うことなんだろうか。伝えたことを理解するのに時間がかかる子で日々苦労していたらそんな悠長なこと言えないんだろうか。

次男に対して今までのようにドンと構えて接することができるんだろうか。少し未来の自分に不安になった。


そして、たくさん区役所スタッフがいたのに皆見て見ぬ振り。あーいう親子のサポートするのがスタッフのすべき仕事なんじゃないの?なんでしないの?行政にはあまり期待しない方がいいんだろうな、なんて寂しいことも頭をよぎった。

義母には旦那から電話でお腹の子の病気について話した。とてもショックを受けた様子だったけど「私達になにかできることがあれば手伝うからね」と言ってくれたらしい。

でも、2回目に電話したときは「そもそもいつわかったの?」「いま何週なの?」「長男や周りに迷惑がかかる」「おろすこともちゃんと考えたの?」と聞かれたらしい。

義母の気持ちは分かる。でも、予定日は伝えてあるから、今何週かなんて計算すればわかること。そんなこと聞かないでよとイラッとした。

私の遠い親戚にダウン症の子どもがいる。私とは血の繋がりも面識もないけど今回を機にその親と連絡を取り合うようになった。その人は産後に判明したらしくその時はすごくショックをうけたけど、今はとても楽しい日々を過ごしてるらしい。生身の声を聞き、ホッとしたし、これから色々教えてもらえる心強い味方だと私は思ってる。

旦那は、わたしの親戚にダウン症の子がいて色々相談にのってもらってる。と義母に伝えたらしい。血縁者ではないことまでは伝えてない。義母は親戚=血縁者だと思ってるかな。ダウン症の子が血縁者で、なおかつ年上の私と結婚したから大切な息子(旦那)が苦労するはめになった、と思ってるのかな。と想像してしまう。

義母は息子(旦那)を溺愛してる。義母がどんな気持ちでいるのか、考えるのがこわい。

ジルベスターコンサートのカウントダウンをギリギリ見逃しあっけなくはじまった2021年。

今年はついに出産か、と思うと気持ちが重くなったけど、すぐに流れたauのcmソングに勇気づけられた。


みんなってエブリワン

何気ない 普通の毎日
それだけで 特別なことに 
気付かずに 流れるように
時間が過ぎ 
どの時も 同じじゃないんだ
そのわけは 過ぎてから知るの
日常が 宝物になる
きっとわかる
みんなで出かけて みんなで笑って
一瞬の永遠を楽しもう
みんなって言っても 
同じじゃない 同じじゃない
みんなちがう だから面白い
みんなちがう だからみんなで 
この今を みんなで楽しもう


2021年は、新しい生活がはじまる。
家族が増える
病気が日常になる
障がいをもつ子の母になる

普通と違う生活、普通と違う人になる気がしてこわかった。でも普通なんてそもそもよくわからない定義。

みんなちがう。いろいろある。それでいいじゃん。今までと違くなるけど、違いを楽しんでいけばいいんだ。

auさん。新年を前向きな気持にしてくれてありがとう。