旦那の仕事終わりが来年の4月。あと少しで毎日長い時間旦那と共に過ごす日々が始まります。ちょっと気が重いですね。
熟年離婚というもの、卒婚、別居婚などいろいろなワードがあり、気になりますが、たぶん離婚はしないだろうと思っています。結婚31年、いいことも悪いこともありました。思い出したら、許せない、2度と顔を見たくないとなる出来事も2つ3つとあります。それを相殺できるようなよい思い出もあります。だから、夫婦でいられるのでしょう。
あなたは一人で暮らせますか?ときけば、その資金力はあるとか家事能力はあるとか、そう答えるかもしれません。私が聞きたいのは、孤独に耐えられますかということなのかもしれません。
朝起きてから、寝るまで一人。自分で誰かと話そうという行動をしなければ、誰一人と会話せずに終わってしまうのが老後の生活でもあります。大雨どうしよう、少しだけ調子悪いけど病院行くべきという相談はもちろん、暑くなったね、花がきれい、料理がおいしいというたわいのない言葉に相手がいないということに耐えられますか?いつ起きたらよいか、何をするかも自由。誰かのために掃除をしてきれな環境を整える、おいしいという感想のために料理するということがなくても、自分のためだけに生活を整えることができますか?
私は面倒くさがりなので、結局寝坊に洗濯や掃除が週1、ぐらいの乱れた生活になるのが目に見えています。ちょっと細かい旦那に腹を立てることがあっても一緒にいた方がよいと思うのです。障害のある息子がいるということが普通とは違います。子育て中であり、だからこそ協力者が必要なで、旦那と一緒に暮らすという選択になるのかもしれません。
どのような選択であれ、私たちが忘れそうで忘れてはいけないのは相手にも感情があるということです。どちらか片方が選択した結果はもう片方は受け入れないといけないのかもしれません。しかし、その感情を無視することはできないと思います。
熟年離婚を選択したとします。よくあるネット記事風に言えば、亭主関白気取りの夫に、定年退職後妻が離婚を要求。夫は嫌だと文句を言うが退職金や年金、財産分与で資金を得て晴れて離婚。離婚後夫はなれない家事に一苦労という。妻は晴れ晴れした気分になった。こういう話はよく目にします。これで終わればよいですが、妻が金銭的に行き詰まる。または、夫が退職後、これで自由だと憧れの田舎暮らしをしたいと妻と別居して一人で行ってしまう。なれない田舎暮らしに行き詰まり都会に住む妻の元に戻りたいと思う。
どちらも相手が一緒にいたいと言っていたのだから、自分が戻れば喜ぶだろうと思う。でもそんなことはない。相手も一人ぐらしに慣れてこのままがいいと思っていたり、別れる時の話しでのすれ違いで感情も変わってしまったかもしれません。自分の気持ちが変わるなら、相手の気持ちも変わるのです。こんなはずじゃなかったというのは、若いうちは挽回できても年をとったら挽回するのは難しいのです。理想の生活、頭の中で考えていることが現実になることは難しいことは、経験のある私たちならばわかっていることでしょう。
今の自分の気持ちと先の今よりも年を取った自分と、それから残された人生とを考えて、我慢するだけでも、希望だけをみることだけでなく、考えてほしいと思います。
子供と住むということは考えてません。障害のある息子は別とすると、娘はアラサーで一人暮らしをしていますがそれを引き払って一緒に住むということは本人も私たちも考えていません。子供と住むということでは、途中で役割が変わります。金銭的負担、または家事や育児を手伝うということで、こちらが子世帯を支える立場になりますが、私たちが年齢を重ねると介護される側になります。この変化に軋轢ができることは簡単に想像できます。うまく乗り越えないと子供との関係が壊れてしまう。時間の制限のある中で人生の中でウエイトを占める子という存在を壊したくないと思うのです。
老後の人生を誰と過ごすのか、重要な問題です。私も毎日迷います。旦那と気持ちがすれ違うたびに、もういいか、と思ったりします。でも、現実には離れないのかな、今のところは。
その決め手は、私の介護は旦那がするか、ということに、たぶんするだろうと思えることです。ヘルパーや施設に入れるだろうけど、その手続きや責任ということから逃げないだろうと思うのです。そう思える人でよかったとは思います。たぶん多くの文句と不満な顔にはなるだろうとも思いますが。
老後という言葉に、残り時間という感覚に60代になったとたんに気になるようになりました。でも、まだ人生は続きます。ただ、自由にやりたいことをする、その結果についてくる様々なことを乗り越える時間はないかもしれません。やってみたこととやらなかったことは両方は存在しないのだから、きちんと自分が決まられるまで時間をかける必要があるのかもしれません。しかし残り時間が……。この繰り返しになってしまいますね。
どちらにしても理想は現実になりはしません。泣くことが少ないことを選ぶのか笑顔が多いことを選ぶのか、これが同じではないことを経験的に知っているはずです。そういう微妙な選択をしていくのが人生ということなのかもしれません。
誰と