かなり昔のことだが、縄文時代を指して「原始共産制」だとする言説が流行った。縄文時代はみんなで働き、みんなで分け合い、互いを思いやって暮らしていたと考えられたことから、「まるで理想的な共産主義のようだ」と現代的な価値観と結びつけられた。

本日は、彼ら左翼が夢想した「原始共産制」を、誰が破壊したのか書き留めていきたいと思う。最初に書いておくが、それはヤマト政権などではない。「原始共産制」という言葉に含有される概念は、ごく最近まで生きていたのである。
■「原始共産制」
原始時代は財産が共有されていたと、何の証拠もないのに夢想した左翼たちは、原始共産制という言葉を生み出してご満悦だった。さらに縄文時代には戦争がなかった、争いごとが少なかったことも、彼らが原始時代を「共産制」だと決めつけた論拠になっていた。
だが、実際は殺人なども行われていたので「それほど平和ってわけでもない」と、こうした考え方は退けられた。さらに共有財産だった証拠もなかったために、「原始共産制」はただの言説止まりでおわり、論説にすらならなかった。
近代国家以降の社会福祉だけが福祉ではないと夢想したときに、彼らは「福祉はもっと原初的な概念ではないか?」と思い至るべきだった。
■福祉を生んだのは近代であろうか?
親が子供を育てることは当たり前とされているが、これが人間が最初に受ける福祉である。親は産んだ子供を放置などせず、いたわりをもって育て、大きく育てようとする。それは法などなかった時代、原初からのものだ。また、フェミニストが主張するような、人工的に作られた通念でもない。それが自然なのである。
原初の時代から、子供は福祉的概念の中で扶養され、長じるとともに社会の中に組み込まれていった。「個」は社会性の中で放置などされず、むしろ手厚すぎるほど手厚い「福祉的概念」でがんじがらめに幸福になるよう義務付けられていたのだ。
ところが、そんな原初からある「福祉的概念」が、まるで存在しなかったかのように膨大な言論で上書きされていく。それが起こったのが近代ヨーロッパである。
■福祉はヨーロッパ人によって破壊された
自然主義者(ナチュラリスト)を気取る「エミール」の作者ジャン=ジャック・ルソーは、自分の子供を全員孤児院に入れている。彼は当時貧しかったのだが、そもそも扶養する気がまったくなかった。それは社会の仕事だと考えたのだ。当たり前のように行われていた「親が子を養う福祉」は、フランスの似非哲学が蔓延すると同時に怪しくなっていく。
形として存在していたはずの「原初的福祉」が、「福祉」という言葉の発明によって破壊されていった。その過程とはいかなるものだったであろうか。
生まれた子供は、親に育てられ、次に、「地域社会」という「原初的福祉」の枠組みの恩恵を得ていた。
新生児死亡率が高かった縄文時代など、男は力仕事を任せられる労働者として、女は次世代の子供を産む母として期待されていたので、無事に大きくなった子供はすぐに親の所有を離れ、集落全体を担う人間として嘱望された。お宮参りなどの風習を鑑みれば、無事に大きく育つ子供が社会でどれだけ貴重な存在だったかわかろうというものだ。
時代が下り、社会が発展して人口が増える過程で、職業が専業化されていった。近代が始まったばかりのころは農民が多いわけだから、縄文時代のように子供が集落全体のものではなくなり、「土地」と「家族」と「職業」が子供の運命を決めるようになった。
近代なるまで、戦争に参加する以外にその運命を覆すことは困難だった。一方で、予め職業が決まっていたり、婚姻関係で人員の不足を補う仕組みは、人間に生きる意味を与えてくれた。原初的福祉の概念は、ごくごく最近まで「個人」を支えるセーフティネットだった。
一般的に、これらの家族や地域社会が与えてくれるものは、福祉だとは考えられていない。福祉は民衆が国家=権力者と戦って勝ち取るものだけが福祉だと思われている。
左翼に顕著なこの考え方は、フランスの似非哲学が発祥で、説明すると長くなるのでまたの機会にするが、あいつらは、自我なるものを発見し、個人が近代以前の土着的運命論から切り離され、自由になり、自分がなりたい職業に就き、思うがままの人生を送り、幸福を感じることが開明的な人間の生き方だと考えた。
彼らは自分を守ってきた「福祉」を足枷だと考えるようになった。
■原初的福祉から近代的福祉へ
リベラリストたちは、自らを開明的だと定義し、「原初的福祉」であったものを、「運命」という名の足枷だと定義し直した。これにより、原初的福祉は徐々に社会から消えていくことになる。
彼らが求めた「個」の開放は、都市生活者の多くを都市型の貧困へと突き落としてしまう。地方で小間使いだった少女が、地方での労働から解放されて都市へと流れる。それは何もなかった田舎の生活からの開放として称賛された。ところがそれが幻想だったのだ。
近代になり、都市が大きく発達した。だが、ごく一部の才能のある人間がその恩恵にあずかれる可能性ができただけで、アントン・チェーホフの「櫻の園」に出てきた解放された小間使いが都会で餓死することが彼らが目指した自由の結果である。餓死するところまで描いていないだけなのだ。
束縛から解き放たれる「自由」と、「自由を権利にした意味」で書いた、学究のために必要な「自由」はまったく違うものなのに、概念が違っていても言葉が同一であるため「首を絞めていた手を緩めたら呼吸ができた」程度のことを盛大に「近代によって得た新しい権利」だとはき違えたのだ。
都市が発達する。すると、都市部で人手不足となる。必然として、田舎で農業に従事しなくてもよくなる。労働力が都市へと流れる。起こったのはこれだけのことだ。
フランスの似非哲学は、さもとんでもないものを発見したかのように思い違えただけなのである。
■労働力の過剰と能力不足が都市型の貧困を生む
そうやって都市部に人口が集中し、過剰な人口が単純労働の価値を下げ、人間は「生産力不足による貧困」から「能力不足による新たな貧困」に身を落とした。
左翼が求める「福祉」とは、こうした「能力不足による貧困」を補うためのもので、彼らは社会に対して慈悲を求めているわけではない。生産力は足りているのだ。足りないのは彼らの能力なのである。
彼ら左翼は、まず自分をいかなるものからも「個」解放させようとする。それがフランスの似非哲学の基本であるからだ。
家族を否定し、地域社会を否定し、国家を否定し、文化伝統を否定する。それらを土着的で時代遅れなものと見做し、自分をそれらから孤立させ、自由を得た気にさせる。
「個」は「原初的福祉」から切り離され、都市部へ流れる。だがそこに待っていたのは単純労働である。才能を発揮して煌びやかな世界へ脚を踏み入れるのはごく一部の人間だけ。多くの労働者は、都市型の貧困へと身を落とし、不満を募らせていく。
そして、国家に対し「福祉」を要求するようになる。
■近代的福祉はやがて重税となって自分の首を絞める
国家権力が采配する国家予算などというものは「みんなの財布」であって、福祉などやらずに開発に回して、余剰労働力を活用した方が最終的に豊かになる。
ところが福祉を要求する者らは、開発に参加して、つまり労働を通じてその恩恵にあずかろうとはまったく考えない。「能力不足による貧困」を直接補填しろと要求し、国家に自分たちの要求を飲ませることを勝利目標にしている。
経済成長の概念を理解していない左翼はこんな調子なのだ。社会の中で「個」に役割と責任を負わせることで、「個」が最低限の幸福を得られるように工夫してきた「原初的福祉」と違い、「脳力格差を埋めるための処置」を求めているわけだから、その予算は莫大なものとなる。
福祉国家を目指したヨーロッパの国々が揃って経済的な失敗に陥ったのは、「原初的福祉」を「近代的福祉」で上書きしたためである。
■福祉は捨てたものの中にあった
福祉は本来彼らが捨てたものの中にあった。親の愛がその根幹で、個人の労働力を地域社会で活用してほしいとの期待が、結果として個人を守ってきた。そこには能力差も経済的な格差もあったが、都市ほどの圧倒的な格差ではなかった。
次世代の命を生み、育て、集団を維持発展させたいとの希望が、自由恋愛に敗れた個人をおせっかいな結婚圧力という形で救済してきた。幸福は、小さな不幸とともに、親から押し付けられるもので、自分で勝ち取るものではなかった。
そもそも福祉は左翼が思っているようなものではなく、根源的に存在していたものなのだ。それらをことごとく破壊してきたのが左翼である。彼ら似非哲学かぶれたちは、福祉の破壊者であり、理想主義の破壊者なのだ。
田舎のお屋敷で小間使いとして暮らし、大した才能もない人間に嫁がされるのは、都会で自由に恋愛を謳歌する美貌と才能に溢れた人間と比較して惨めなものだろう。だがそれが福祉だったのだ。美しくもなく、才能もなく、金もない人間を本当をに救済できるのは、国家などではない。近代国家はそれほど万能ではない。
左翼によって本来あった社会福祉は破壊された。個を発見した、自我を発見した、人間は新たな段階に入った、こんなありもしない似非哲学が、人間をやさしく包んでいた社会福祉を肌から剥ぎ取り、裸のまま野に放り出した。これは「野蛮」である。
そして自分たちの政治活動で国家予算からわずかな施しをして「これが福祉だ」と鼻息荒く宣伝してきた。それらは全部ウソである。
福祉は原初的に存在していた概念だった。フランスの似非哲学に踊らされた頭の悪い左翼が本来あった福祉を破壊したのである。
■植民地主義と産業革命がウソを糊塗していただけ
それが許されたのは、やがて産業革命が起き、都市部で繰り広げられていた開発が、「能力不足による貧困」の増大を糊塗してきたからである。彼らは自分たちが行った原初的な福祉システムの破壊を肯定するために、都市生活者が地方在住者を差別する構造まで作り出した。
そして左翼は都市部において満たされない人間を大量に生産しながら、「能力不足による(精神的なものも含む)貧困」への怒りを、政治的に利用して、勢力を拡大させてきた。そんな彼らが、縄文時代を「原始共産制」などと呼んでまるで自分たちの理想社会がすでにあったかのように夢想していたのだからバカ丸出しである。
「原始共産制」は形を変えずっと存在していたのだ。それを破壊したのは彼ら左翼なのである。都市部に人口を集中させ、「能力不足による貧困」の罠に陥った人間を大量に生産し、民主制の中で無能たちの代表として甘い汁をすする。これが左翼が行ってきた政治活動なのだ。
だが、大戦争を経て植民地支配が否定され、戦後復興の需要が消え、戦後のベビーブームがもたらした需要が消え、都市開発が頭打ちになると、いよいよ都市型の貧困が庶民を襲うようになる。「近代的福祉」は、その重税の重みにより自ら瓦解した。
■結論
縄文時代が原始共産制だったのではなく、フランスの似非哲学が「個を発見した。自我を発見した」とバカな主張で都会の無能な人間を騙していた間、地方において「原始的福祉」の恩恵は続いていた。権力や国家の概念が生まれるはるか昔から、「福祉」は持続可能な形で存在していたのだ。
人間のように未熟なまま生まれ、子育てが必須である動物が集団生活をしているのに、福祉が人工的な概念であるはずがない。原初的概念として存在していた福祉が、左翼の人工概念によって破壊され、政治の道具にされてきただけなのである。
憲法があれば何でもできる、マルクス主義ですべての格差がなくなり全員豊かになる。そんなできもしないウソを糊塗するため、左翼は連日大声でウソをつき続けなければ死んでしまう惨めな人間に成れ果てた。
オレが彼らを許せないのは、彼らが「理想主義者」を名乗っているからだ。彼らの型る「理想主義」が間違っているのは、プラトンを読めばすぐにわかりそうなものだが、あいつらはなにせバカなので、自分が望む結論が書かれた書物しか読まない。
彼らは自分たちが破壊した「原初的福祉」を、国家権力を使って立て直せると信じているようだが、国家が親のように子供を愛せるはずがない。
国家にとって国民は数字である。数字でなければ管理できない。だからマクロ経済学を使う。そんな当たり前のことも理解できない人間だけが左翼活動に身を投じるのである。
福祉は「原初的概念」として人間社会にすでにあった。だが人間の数は多く、貧しい時代が続いたために十分ではなかった。それでもすべての人間に最低限の幸福が行き渡るよう努力が続けられていた。人間は、経済的に許す最大の幸福を追求してきた。
それを近代が破壊したのだ。近代以降に福祉の概念が誕生したというのは真っ赤なウソなのである。むしろ、近代は経済規模を無視して福祉の拡大ばかりを約束し、福祉のレベルを落とすか、国家を破綻させる危機に陥れただけであった。