いまだになぜ東京一極集中になったのか理解できていない人間が多数いるようなので、2010年に書いた記事をしつこく転載しておく。

1票の格差を問題にして地方の代表を減らせば、地方の声が中央に届かなくなり、東京ばかりに投資されることになって、挙句、人と企業が東京に集中する。これが理由である。こんな簡単なことがなぜわからんのだろう。
左翼とマスコミに騙されるバカは死んだ方が良い。生きている価値がない。
「積年のバカ話」
国民投票であなたとわたしの1票の価値に格差があれば大問題になる。有権者の個人的価値に格差が生じるためだ。
だがいわゆる「1票の格差」と呼ばれるこの問題の場合、選挙区内の1票の価値は同じである。あなたとわたしの1票は等価値なのだ。知事を選ぶにも、市長を選ぶにも、国会議員を選ぶにも完全に1票の価値は等価値である。
ところがずっとこの問題は、マスコミ主導で「違う選挙区」の1票の価値の格差を論じてきた。しかも最も過密地域と最も過疎地域の比較である。
違う選挙区ということならば、都市部に住んでいる自分の街の市長を選ぶときの1票の価値が、僻地の村の村長を選ぶときの1票の価値と比較して良いの悪いのと問題になるだろうか?
都市部の市長を選ぶ場合も、僻地の村長を選ぶ場合も、選挙区内の有権者の1票の価値は等価である。そんなことは分かっているから、それを田舎の村長選と比較して「自分の1票の価値が低い」だのと怒ったり、市長選と比較して「オレの1票の価値は大きい」と自慢したりはしない。
マスコミと左翼が喧伝してきた「1票の格差」というのは、個人の1票の価値の格差ではなく、地域格差の目安に過ぎない。それほど深刻な過疎が起こっていることを問題にすべきなのだ。
国会議員が有権者から付託される1票の価値が、都市部と地方で格差があるという。格差があれば、地方の方が、若干多めに国会において意志が反映される。少人数の声が国会に届く。
それであっても、有権者の多い都市部選出の議員の方が地方出身議員よりも圧倒的に数において勝るので、地方の意見の方が有利に議決されるほどの格差ではない。もしこれが、都市部の意見を圧迫するほどの格差になった場合だけ問題にすればいい。日本でそんなことは一度も起こったことはない。
それどころか、非常に狭い選挙区から選出される議員の陳情と、広域に及ぶ選挙区から選出される議員の陳情では、都市部選出議員の陳情の方がはるかにきめ細やかな小さな話題さえ意思反映され、地方選出議員は大雑把な、例えば公共事業の誘致のようなものにとどまる。
満ち足りた都市部は「ジェンダーレス」だのほぼ変態性欲に近い意見まで政治議題になり、地方は若者の都市部流出をどうやったら止められるかという死活問題さえ議題にならない。地方がどんどん高齢化して人がいなくなり空き地になるから経済など発展しようがない。
1票の格差を是正すればするほど、都市部の有権者の方が政治に意見が反映されやすくなり、小さな政治議題が大きな政治議題だと勘違いするようになる。その陰で地方経済は行き詰まり、交付金頼みとなって東京の経済の足を引っ張ってしまうのだ。
マスコミによって「(個人の)1票の格差」と表現されてきたものは、実は地域格差として表現すべきものだった。「(個人の)1票の格差」の問題としてしまったために、重大な地域格差の問題が歪められてしまっている。
オレは「(個人の)1票の格差」などどうでもいいから、地域格差是正を考えていくべきだと思っている。いまのままでは地方が圧倒的に政治的に不利であり、きめ細やかな陳情を国政に訴えることができない。発展させるための策が高じられないから、都民の交付金負担はさらに増え続ける。
国家の問題を議論する国会議員選出において、過密地域と過疎地域の1票の格差(存在しない格差)をさも大事であるかのように問題視したことが、過疎地域の住民、過密地域の住民双方を苦しめる結果になっている。国家の大事を決定する国会議員は、全地域満遍なく選出し、全地域満遍なく発展できるようにしなければならない。
マスコミが作り上げたこの1票の格差という積年のバカ話は、日本法曹界のレベルがとんでもなく低いことを炙りだしている。先頭に立って旗を振ってるバカはマスコミである。
国会は、個々人の生活のあれこれを考える場所ではない。地域のことを考え、国土の安定的で平均的な発展を考える場所である。
1票の格差とはこういうものだ。30年間これをやったために、東京になにもかも集まってしまった。人が多すぎるから、東京では保育園もまともに作れない。投資先もないから作っては壊し作っては壊しの繰り返し。
金が余ってしょうがないからオリンピックを誘致してこのザマである。積み立ててきた金はすっからかんだ。
人と企業を地方に分散しないと日本が窒息死する。1票の格差は、地方疲弊のシグナルである。1票の価値が高くなった場所は過疎が進んでいるから、公共事業ではなく法人税を下げて企業を誘致するのだ。日本企業はバカだから、外国企業でも構わん。地方に働く場所を作れ。
追記
ひとつ基本的なことを追記しておく。それは地方と都市部の経済の成り立ちの根本的な違いについての覚書である。
都市部というのは、人間を効率よく集積することで利益を上げる。利益を生むのは人間なので、必要な数の人間を上手く集め配置し、一人当たりの生産性を高めることで利益の最大化を目指す。
一方で地方、特に農村部、田園地帯というのはこの逆になる。田園地帯で利益を生むのは土地なので、できるだけ広い土地を少ない人間で管理しつつ収益の最大化を目指すことで、人間一人当たりの生産性が高まる。
田園地帯を有する地方というのは、より少ない人数で回す方が効率的になるのだ。
このことをもってしても、「1票の格差」なるものがいかにバカげた議論かわかるであろう。利益を最大化する理屈がそもそも真逆な地域ふたつを並べて、人間の数で等しく国会議員を選ぶなどという発想はまったくのナンセンスなのだ。
「1票の格差」というのは、共産・社会主義者たちが、地方での自民党の強さを妬み、地方の票を削って都市部を増やせば自分たちの議席が増えるはずだと醜い計算をしたことが根本原因である。彼ら左翼の要求にマスコミが応え、結果として地方は疲弊し、都市部への人口供給が止まってしまった。
失われた30年の原因は、こうした当たり前のことすら理解できない左翼とマスコミが生み出したものなのだ。