大和くにはら庭となす
  


初山と言えるかどうか…293mの低山です
登山口から15分で山頂に着きました
駅からでも30分程でしょう
しかーしっ!低山にしては驚くほど展望のよい山です
大和三山から金剛・葛城・二上山、大和平野が一望

特にここからの眺めですばらしいと思うのは
向かいの三輪山との間の狭谷を
国道165号線と近鉄線と初瀬川が三本並んで通っているところ
よく「袋の口をすぼめたような」と形容される
大和平野からこもりくの泊瀬へと奥まっていく地形が
手に取るようにわかるのです
それは初瀬・伊勢街道と呼ばれた古道でもあります



大和くにはら庭となす   大和くにはら庭となす


年末に地元の方から
山頂の木を切ってさらに展望がよくなって
登山道も整備されたと聞いていたので
登りに行きたいなぁと思っていたのです

大和くにはら庭となす   大和くにはら庭となす


朝倉台の住宅地からの登りは問題ないのですが
忍坂側からは結構ややこしいです
奈良百遊山のガイドブックではBランクに位置づけられています
前はヤブでひどいところもありましたけど
今回整備されたのか、かなりきれいになっていました


大和くにはら庭となす   大和くにはら庭となす

忍坂側には鏡王女押坂墓や舒明天皇陵があり
古道の雰囲気を残す忍阪街道を行くと
近くにはわが国石仏界第1の名品といわれている
薬師三尊石仏のある石位寺もあります


大和くにはら庭となす   大和くにはら庭となす



大和くにはら庭となす   大和くにはら庭となす











梅の開花情報で検索してこられてる方が多いので(;^_^A

下のHPが詳しいですよ


近鉄K's PLAZA 花だより→ http://www.kintetsu.co.jp/flower/



今年の開花は遅かったですね

3月の終わりに来てやっと見頃になってます

奈良公園   満開

大和民俗公園 満開
月ヶ瀬梅林  五分咲き
枚岡梅林   満開
賀名生梅林 五分咲き
広橋梅林   五分咲き

飛鳥の石切場探索+忘年会

■コース
談山神社~冬野~上畑~尾曽~気都倭既神社~上の薬師堂~細川~打上古墳~石舞台

今回の古墳巡りは、
石舞台の石材を切り出した場所かもわからないという
飛鳥の石切場を探索することになりました

桜井駅から談山神社までバスで上がり、
冬野を通って飛鳥へ降りる、展望のいいコースです

最後の古墳巡りということで、そのあと忘年会をする予定だったので
今回はあまりたくさんの古墳はまわりませんでした


  
談山神社
蹴鞠の庭から 権殿の修理が終わって覆い屋がなくなりました 
西口から冬野までは結構な上りです

 
冬野の名水

   
良助法親王冬野墓                 波多神社にある石仏

上畑の牛小屋を過ぎて、尾曽への古道を下ると威徳院というお寺があります
ご本尊は毘沙門天ですが境内にはお魚に乗った観音様がいらっしゃいます

 
魚籃観音

 
威徳院の裏には、展望のいい場所があって
四国八十八箇所巡りができるコースもつくられています

 
六甲山まで見えました 

  


   
気都倭既神社 下のお不動さんは腰痛に御利益があるそうです 

 
上(かむら)の集落へ

  
薬師堂の奥に小さな滝があります

   
滝の横には磨崖仏が彫られています

   
辺りに転がっている石をみてると、なるほどここが石切場なのかなぁと思います
 
  
細川から打上古墳への登り

 
入り口は狭いですが、中は広いです
 
   
 立派な石室です

   
石舞台から最終のバスに乗って、忘年会へ




 
駅前のツリー
面白い写真がとれたのでUP
友史会12月例会「仏教伝来の地を歩く」
■コース
桜井駅→金屋河川敷公園→安倍文殊院→安倍寺跡→吉備池廃寺→小立古墳
 →山田寺跡→飛鳥寺→向原寺(豊浦寺跡)→和田廃寺→橿原神宮前駅

ひさしぶりの友史会でした
今回は地元を歩くコースなので行くことにしました

桜井駅から出発、一旦北へ進路をとり
「仏教伝来の地」碑の建つ金屋河川敷公園へ

 

日本に初めて公式に仏教が伝わったのは、「日本書紀」によると552年
「元興寺伽藍縁起并流記資材帳」によれば538年
百済の聖明王から金銅の釈迦像・経論・幢蓋が届けられたという
いわゆる「仏教公伝」は欽明天皇の時代です
欽明天皇の磯城嶋金刺宮があったとされるのがこの辺りだといわれています

  

聖徳太子の時代に来た隋からの使者裴世清一行も
大阪湾から大和川を遡りこの辺りに到着したのでしょうか
初瀬川(大和川)の河川敷には、
七五頭の飾り馬になぞらえたかわいいお馬さんがならんでいます

 

橋の名前も馬出橋(うまいでばし)
西を眺めれば二上山が見えています

ここから私たちも
裴世清の一行よろしく安倍山田道を通って飛鳥へと向かいます

   

安倍文殊院

 

安倍寺跡
今は史跡公園となって整備されています
昔は草ぼうぼうだったのが金堂基壇、塔基壇と回廊の一部が復元整備されていて
きれいになっていました
そばに鎌倉時代の瓦窯(平窯)も保存されています
この覆い屋は長いことぼろぼろのままだったけど
いつのまにかきれいに補修されていました

安倍寺は安倍氏の氏寺で大化改新時の左大臣安倍倉橋麻呂の創建
安倍文殊院は安倍寺の法灯をいまに受け継いでいます


  
 
   

吉備池廃寺 
吉備池の護岸工事のおりの発掘調査で池の南側に大きな土壇が見つかった
池の東南部には、飛鳥時代の瓦が散らばっていることが古くから知られ
瓦窯があったのではないかといわれていました

金堂・塔基壇は飛鳥時代としては突出した大きさで
こここそが舒明天皇勅願の百済大寺ではないかといわれています

仏教伝来には関係ないのですが
安倍山田道沿いにある小立古墳の解説もありました
写真は撮ってなかったのでありませんが
電気屋さんの裏のちょっと高くなった田んぼあたりです
皆さん横の丘陵を見てあれやろうと言ってましたが
違うのになぁと思いながら見てました

桜井市埋文センター平成13年度発掘調査速報展概要↓
http://www.city.sakurai.nara.jp/bunkazai/bev0206.html



  

山田寺跡


 

甘樫丘の麓をまわって豊浦へ



おまけ① 当初は寄る予定のなかった向原寺(豊浦寺跡)へ

 

おまけ②は和田廃寺

 

橿原神宮前に到着

距離は16~7キロ、結構歩きました


今回の案内は橿考研の廣岡先生でした
友史会の例会はいつも200人近い人が来るので
案内の先生の説明はFMラジオで受信します
今までの例会ではポイントにくると全員を集めて説明するというパターンだったのですが
廣岡先生は歩いている間もできる限り飽きさせないようにと
見える範囲内のものはあれもこれもと一生懸命説明して下さったのですが
細い道ではどうしても列が長くなるので
先頭からあまり離れると雑音ばかりで聞こえないんですよねー
わかりやすくて上手な説明だったのでもったいなかったです
日本書紀や万葉集に登場しながらも所在地が不明だった
「磐余(いわれ)池」の一部ではないかとみられる人工の堤が、
橿原市内で見つかった!!

そんな踊り文句が新聞を賑わしていましたね~

堤の上から建物跡とみられる柱穴が出たというので
用明天皇の宮殿の一部では?とか
悲劇の皇子、大津皇子が辞世の句を詠んだ…とか
履中天皇が舟を浮かべたとか

正式には「大藤原京左京五条八坊」調査地となるようですが
「磐余」という地名は現在残っていないので
少しは世間に知られることになってよかったかな…と
まだ調査の続きがあるようですので、楽しみですね








池ノ内の集落へ行く手前にあるお地蔵さん右向こうに現説会場があります

 

その前に稚桜神社によります
履中天皇の磐余稚桜宮があった場所では…といわれています



橿原市へのカーブした道
手前の今は田んぼが広がっている部分が池で
向こうの住宅が建っている小高い部分が池の堤防になる
6世紀後半以前の築造で、ダム式の古代ため池の発掘事例では最古ですって
谷地形をうまくせき止めて人工の池を造った古代の土木技術がすごいですね

 

人工の堤跡

 

柱穴に棒をたてています

 

大壁建物というのがこの中で一番古い建物で韓半島の特徴なのだとか

 

そんなに大きな建物ではないようです
 
 

対岸にある大津皇子の万葉歌碑
「百(もも)伝ふ、磐余の池に鳴く鴨(かも)を今日のみ見てや、雲隠りなむ」
■コース
山田寺跡~飛鳥坐神社~飛鳥寺~水落遺跡・石神遺跡~甘樫丘~苑池発掘現場
 ~伝板葺宮跡~石舞台~橘寺~亀石~天武・持統陵~鬼の俎・雪隠
 ~欽明天皇陵・猿石~中尾山古墳~高松塚壁画館・高松塚古墳~飛鳥駅

 

甘樫丘 ヒマラヤ桜が満開でした

  

中尾山古墳の紅葉

 

石舞台ではアートプロジェクトのイベントで霧発生中!

   

長谷寺の近くまで行きました
お寺の中には入りませんでしたが
連歌橋を渡った向かいにある素盞雄(すさのお)神社の
大銀杏が鮮やかな黄色のじゅうたんになっていました

 

「初瀬のイチョウの巨樹」として天然記念物に指定されています
実の成らない雄株で、樹高は約40m、板張り南北約23m、東西約21m、目通り周囲約7.15m、
イチョウの巨樹としては、県下最大。

 




 

山口神社の紅葉もきれいでした

■コース
石舞台前~稲淵~宇須多岐比売神社前の淵~栢森集落~ごろ滝

~どらどら庵(昼食)~女淵~二段の滝~男淵~畑集落~七曲展望所

~細川集落~石舞台公園(解散)  



いつもお世話になっている両槻会の特別会でした。
この会のコンセプトは

飛鳥好きが集まって飛鳥で一緒に遊びませんか、というものです。
講師の先生を呼んで講演会をしたり、

ウォーキングの時は毎回ガイドブックに載っていないような

マニアックなコースを案内していただきます。
それが特別会ともなりますと、

軽衢から平城京まで下つ道を25キロ踏破したり、

石舞台から宮滝まで芋峠を越えて大海人皇子の足跡をトレースしたりと、

いつも以上に魅力的なコースであるのはもちろんなんですが、

その分行程も過酷なものであったりします。

終わった後の達成感もかなりのものなんですが…

今回は奥飛鳥にある皇極天皇が水乞いをした?とも言われている女淵の、

更に上流にあるという男淵を目指すというので、

どんだけとんでもないところへ連れて行っていただけるの?

といろんな意味でドキドキわくわくという感じでした。

おまけにコース上には飛鳥の知られざる名瀑が点在していると聞いて、

とても楽しみにしていました。

何年か前に一度、定例会で新緑の奥飛鳥を訪ねるという回がありました、

参加できなくて悔しかったのを覚えています。

このときに初めて飛鳥にもこんなに立派な滝があるということを知りました。

両槻会では定例会が終わると毎回資料集やレポートを公開されていますので、

これらを参考にしながら、奥飛鳥の隠れ滝を探して

一人で女淵までは行ったことがあるのですが、

さすがに男淵までは行くことが出来ませんでした。
こんな機会をのがすわけにいきません


そこは飛鳥川の水源地で水神のすむ神聖な場所ですので、

ウォーキング企画をすると雨に降られる確率がかなり高いようです。

今回も週間予報ではかなりの降水確率でした。

前日の予報でも50%、当然、当日は雨を覚悟していましたが、

朝からザーッと強い雨がひとしきり降った後、

空が明るくなり、集合の1時間前には青空が広がっていました。

山中を歩いているときは時折パラパラと降られることはありましたが、

ほとんど、傘やカッパの出番はありませんでした。


スタッフや参加者の皆さんの願いが飛鳥の水神さまに通じたのでしょうか、

青空の下、気持ちよくスタートできました

覚悟していたとおり、かなりのハイペースで歩かされましたが、

稲刈りの終わった棚田や里山の遅い紅葉が目をひく

奥飛鳥ののどかな風景の中、清浄ないくつかの滝を巡り、

撮影にはたっぷり時間をとっていただいたので、

それぞれ思い思いの構図でベストショットを撮れたのではないでしょうか。

栢森集落にある加夜奈留美命神社では祭神の詳しい説明をしてもらいました。

古社一つにも実に奥深いいわれが潜んでいて、

簡単に通り過ぎることができません。

狐狸がやってるのかというようなお店のランチも堪能して、

今回も楽しい一日となりました。


現説には間に合わないとあきらめて、

でも一応場所だけでも見ておこうと寄り道した苑池の発掘現場では、

橿考研の職員さんたちの温かい対応にふれ、

最後まで気持ちよく過ごせた一日でした。


スタッフの皆さん、ご一緒した参加者の皆さん、ありがとうございました。


 


大和くにはら庭となす

石舞台前、遠くの山並みには靄が立ち上ってます



大和くにはら庭となす   大和くにはら庭となす


玉藻橋を渡って出発         稲淵の棚田



大和くにはら庭となす   大和くにはら庭となす


勧進橋の男綱             稲淵の集落


大和くにはら庭となす


飛鳥川沿いに奥飛鳥へと向かう、少し道が細くなったところで

第1回目の撮影ポイント



大和くにはら庭となす


宇須多岐比売神社前の淵に降ります


大和くにはら庭となす   大和くにはら庭となす

思い思いの場所でシャッターを切る皆さん


大和くにはら庭となす


そして一行は栢森集落へ入ります


大和くにはら庭となす  


集落から一旦車道へ出たところに

「ごろ滝」への案内板がありました(消えかかってますが…)


大和くにはら庭となす

意外と立派なごろ滝


大和くにはら庭となす  


ガードレールが写らないように角度を工夫してます


大和くにはら庭となす


撮影の後は集落へ戻って昼食です



大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす  


土曜日にしか開店しないという「どらどら庵」さん

私は「黒米・明日香野菜ビーフカレー サラダ付き(800円)」をいただきました



大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす

加夜奈留美命神社でいわれの説明を受けた後、女淵へと向かいます

所々にある真っ赤な紅葉が目を楽しませてくれました



大和くにはら庭となす


がれ石の河原を遡ると淵が見えてきました

ここが女淵です



大和くにはら庭となす  


滝から上に上がり、川沿いにアスファルトの林道を登ります


大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす


通称「二段の滝」だそうです



大和くにはら庭となす


林道を更に奥に行ったところに男淵がありました



大和くにはら庭となす  


足元が悪いので近くへは近寄れません


大和くにはら庭となす

下畑の集落まで来ると開けた空と遠くの山並みが見えてます

結構登って来たことがわかります



大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす


一番高いところからくねくねと七曲がりの道を下ってると

明日香村内を一望出来る展望所に出ます




大和くにはら庭となす


以前はもっと大和三山も一望できたのですが

周辺の樹木が育ってきて見える箇所が狭くなって来ました


 

大和くにはら庭となす


下ったところは細川の集落です



大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす

石舞台まで帰ってきました~



大和くにはら庭となす

飛鳥苑池の現説は3時までだったのであきらめてたんですが
だめもとで発掘現場まで行ってみると

シートがかけられる寸前で何とか間に合いました

橿考研の方がわざわざ追いかけて来て

資料を一人一人手渡してくれました






≪コースタイム≫
石舞台前 10:00
稲淵 10:20
宇須多岐比売神社前 10:35
栢森集落 11:15
ごろ滝 11:20
どらどら庵(昼食) 11:45
加夜奈留美命神社 12:20
女淵 12:40
二段の滝 13:25
男淵 13:40
下畑の集落 14:15
七曲展望所 14:35
石舞台前 15:15





 


『奈良市南部の古墳巡り』


■コース

帯解駅→ベンショ塚古墳→帯解狐塚古墳→八嶋陵前古墳→五つ塚古墳→大川池中古墳

  →シズカ塚古墳→帯解黄金塚古墳→栗塚古墳→割塚古墳→弁天塚古墳→帯解駅


古墳巡りの会の例会でした

帯解黄金塚古墳に行きたいという私のリクエストで実現したコースです


帯解駅で集合して出発

古墳散策日和な晴天で歩いていると暑いくらいでした

車で何度も通る道沿いにこんな古墳が!という驚きがいっぱいで

遅い紅葉も楽しめましたし

円照寺や帯解寺など有名な古刹も覗けてお得感たっぷり

一部北山の辺の道をからめた、まったりといいコースでした




大和くにはら庭となす


↑ベンショ塚古墳

赤い鳥居が目印、5世紀前半の前方後円墳(この地域には珍しい)

前方部は畑、後円部墳頂は削平されていて稲荷社が祀られている

三基の埋蔵施設が確認されていて、出土遺物はなかなかの優品とか

眉庇付兜と短甲、鞍金具などが奈良埋文センターに常設展示されている



大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす
 

この道は奈良に行くときによく通る道です


大和くにはら庭となす

↑帯解狐塚古墳(両袖式横穴式石室)

「こんなところに古墳があったのか!」 と思いました


大和くにはら庭となす


近寄ると石室の入り口がぽっかり開いている


大和くにはら庭となす


……と思ったら奥壁もぽっかり開いている!!


大和くにはら庭となす


↑八嶋陵前古墳 石だけごろごろ


大和くにはら庭となす

すぐ前が崇道天皇の八嶋陵 

崇道天皇っって誰?って思いましたが

桓武天皇の弟早良親王が追号された天皇名なんですね

こんなところに眠ってはったんですね…



大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす

ここからは北山の辺の道を南へ歩きます


大和くにはら庭となす


山村御殿 円照寺


大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす

大和三門跡寺院のひとつ 紅葉がきれいでした

拝観はできませんが外トイレは借りられます

大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす



大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす


ポコポコと五つ並んだ五つ塚古墳

2、4号墳は方墳、あとは円墳


大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす


石室の石か…                   池の対岸に見えていたのは大川池塚古墳


大和くにはら庭となす

ぐるっと歩いて対岸に廻ります

墳頂は削平され祠が祀られていています

発掘調査はされていないので古墳であること以外不明


大和くにはら庭となす

シズカ塚古墳


大和くにはら庭となす   大和くにはら庭となす


さて、黄金塚古墳です

御陵参考地ということで扉がしまっていて中を窺うことができません


桜井・榛原に多い榛原石を積み重ねた磚積式横穴式石室

羨道部に特徴があって、柱状の括れ部で3室に分けられたような構造になっている

現在残っている墳丘だけを見ていると小さな古墳という感じですが

墳丘の周囲を飾る石敷きが見つかっていて、外堤のある空堀など

終末期古墳としてはかなり立派な古墳のようです


奈良市教育委員会 現説資料↓

http://www.city.nara.nara.jp/www/contents/1236128868449/files/koganeduka.pdf



北山の辺の道をさらにてくてくと歩いて、東病院の横を通って

大きな県道に出ます、車道沿いを東に歩いていると進行方向に

いかにも古墳という感じの高まりがポコポコ並んでるのが栗塚、割塚古墳でした

どちらも田んぼの真ん中で畑になっています


大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす

↑栗塚古墳


大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす


↑割塚古墳


大和くにはら庭となす  大和くにはら庭となす


↑弁天塚古墳

「粟」さんという和食レストランの前にも

こんなに立派な石室のある古墳がありました


ここがこの日のコースの最後

あとはてくてくと駅に向かって歩くだけ

西名阪の向こうにシャープの建物が見えていたので

天理の方が近いんちゃうか~といいながら、、、帯解駅まで歩きました


電車が来るまで時間があったので

ちょっとだけ帯解寺を覗きました


大和くにはら庭となす


ほんとに覗いただけ…

葛城山麓の古墳巡り


当麻寺駅~観光案内所・相撲館~塚穴古墳~石光寺~鳥谷口古墳
首子古墳群~芝塚古墳~平林古墳~塚畑古墳~長尾神社~磐城駅


新緑さわやかな5月の初日、二上山東麓にある当麻町の古墳群を廻ってきました。

この地域は、竹ノ内街道や横大路の起点となる、古代においては大和と河内を結ぶ交通の要衝だったところで、築かれた墳墓もこの地を統治していた葛城系氏族とのゆかりを想像させます。


天気はあいにくの雨模様で、雨具を着込んでの出発となりました。

銘菓中将餅のお店の前を通り、「ぼたん」と書かれたぼんぼりが並ぶ道を行くと、

相撲館と観光案内所があります。ここで當麻町の詳細な地図をいただきました。



あすかぷらぷら

大きな車道に出ると視界が開けて、ま近くに新緑の美しい二上山が見え、

麓にはのどかに広がる田園の中に午後に行く首子古墳のこんもりした墳丘が見えています。



あすかぷらぷら

北へしばらく歩くと右手に只塚廃寺跡があります。

元は首子七塚のひとつに数えられていたのですが、

調査の結果、古墳ではなくお寺の跡だったことがわかったそうです。


先に行く予定の塚穴古墳を探して車道を北上します。

あまり知られていない古墳で案内板もありません。

地図と見比べながら「ここかなあ」と墳丘らしき場所で、

近くにいた人に聞くとやはり古墳らしい。

他にそれらしいのが見あたらなかったので、たぶんこれでしょう。



あすかぷらぷら


次に行く鳥谷口古墳の前に、

せっかく近くを通るんだからと、ぼたんの名所の石光寺へ寄りました。

花はちょうど見頃で、雨に濡れてよけいしっとり美しく感じました。

みんな古墳巡りを忘れて写真を撮るのに夢中でした。



あすかぷらぷら   あすかぷらぷら



あすかぷらぷら   あすかぷらぷら


あすかぷらぷら   あすかぷらぷら



おまけに有名な弥勒石仏も公開中で見ることが出来ました。

日本最古といわれる白鳳時代の石仏で、

天智天皇の時代の「光る石に弥勒を彫って堂宇を建てた」という伝説を証明したと、

発掘当時はずいぶん各新聞をにぎわした石仏です。

石光寺の名前の由来にもなってるそうです。


あすかぷらぷら あすかぷらぷら


あすかぷらぷら あすかぷらぷら


石楠花も咲いていました


美しい花達に別れを告げ、古墳巡りの再開です



あすかぷらぷら

高雄寺観音堂跡 


役行者の開基と伝わり、本尊は阿弥陀如来。

盛時は「高雄千軒」といわれるほど繁栄したようですが大火で焼失、

今はごらんの通りです。




あすかぷらぷら

傘堂



あすかぷらぷら

鳥谷口古墳は二上山への登山口の手前にあって、

周りはきれいに整備された公園になっています。

二上山登山のおりに何度も前は通ってますが、石室を見るのは初めてです。



あすかぷらぷら   あすかぷらぷら


この古墳の特徴はなんと言っても使われている石材でしょうか、

組み合わせ式家型石棺の部材を使用していて、

底石や側面に石棺の蓋石が流用されているという、

いかにも余っている石材を寄せ集めてりましたという感じの横口式石槨です。

推定される築造年代や場所から大津皇子の本当の墓ではないかと言われている墓でもあります。

草壁皇子の墓と言われている束明神古墳の立派な石室と比べると、大津皇子がとても哀れです。


あすかぷらぷら   あすかぷらぷら



二上山と鳥谷口古墳を眺めながら、公園内の東屋でお昼休憩のあとは、

最初に見た首子塚へと下ります。



あすかぷらぷら

今回は当麻寺へは寄りませんが双塔が遠望できました。



首子古墳群は古くから「首子七塚」として知られ、

この地の豪族当麻氏関連の墳墓であろうと言われています。

墳丘は土取りなどによって削平されたものが多く、

残っているのは1号墳、4号墳、5号墳、8号墳の4基だけです。


あすかぷらぷら


1号墳(別名櫟山古墳)



あすかぷらぷら

8号墳



あすかぷらぷら

4号墳・5号墳
5号墳(別名首子塚)はこの古墳群の中で一番大きく中心的な古墳で、帆立貝式前方後円墳。



首子塚からは最初の大きな車道を今度は南へ歩きます




あすかぷらぷら

なべ塚古墳




あすかぷらぷら   あすかぷらぷら

芝塚1号墳



あすかぷらぷら

芝塚2号墳(埋没古墳)の石棺
1号墳の墳丘裾に保存されている



あすかぷらぷら   あすかぷらぷら

平林古墳
扉は施錠されていますが、石室内部を覗くことが出来ます。



あすかぷらぷら   あすかぷらぷら

近づくとライトが点灯します。羨道部に家型石棺の底石が残っています。



いよいよ、古墳巡りも終盤。あとは、磐城駅までだらだらと下っていきます。

途中にもう一つ塚畑古墳がありましたが
皆、だんだん疲れてきたのか、遠くから眺めただけです。



あすかぷらぷら


塚畑古墳



電車の時間に余裕があったので長尾神社にも寄りました。



あすかぷらぷら   あすかぷらぷら


天武天皇が壬申の乱で勝利した後、

感謝の気持ちから葛下郡一郡を当社に献じられたと放光寺縁起にあるそうです。


お祀りされている水光姫命は身体が光り尾が生じていたと記紀に記されているそうで、

社伝によるとそのお姿は白蛇で、蛇の頭が大神神社で尾が当社という伝承もあり、

長尾の地名のいわれともなっているそうです。



雨は時々降られましたが、後半はほとんど傘もいらず
花も古墳も堪能した楽しい一日となりました。



以下はコースタイム


当麻寺駅 10:20
観光案内所 10:30
塚穴古墳 10:53
石光寺 11:10~11:40
鳥谷口古墳 12:10
昼休憩~13:00
首子古墳群 13:30
ナベ塚古墳 14:10
芝塚古墳 14:25
平林古墳 15:10
塚畑古墳 15:50
長尾神社 16:10
磐城駅 16:20