右や左に行きかう人々を子供が登るには少々高い塀から足を投げ出して見つめる道化らしき男の子
顔には鼻まで覆い隠す真っ白いお面
カラフルな色が裾に広がったワンピースが時折風に煽られて体を奪われそうになりながらも決して落ちることは無い


道化の子供は何をするわけでもなく時々首をかしげては通り過ぎていく人に視線を送ったり、またすぐ別の人を目で追ったりしている

そして行きかう人々は誰としてその子供に意識を持って行く事は無い、まるで背景の一つのように
通り過ぎていく


「何してん?」


声の主は両サイドの髪を緩く巻いたいかにも気品のありそうな女性で
服装こそ違うものの道化の知っている宮廷に務めているメイド

仮面の下の瞳を大きく見開くと前のめりにメイドを見つめた


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静かな室内に銃声がこだまする
的の真ん中に何回も命中していく弾丸

何発か打ち終わると満足した様に腕を下ろす女性
一つにまとめた髪にレザーのような赤と黒の市松柄の服を着ていて見様によっては男性にも見えてしまう


「・・・まだまだ大丈夫やね・・・」


テキパキと拳銃を片付けると異様に大きなボストンバックを取り出して外に出ていく
あまり人が入らなそうな殺風景なビジネスホテルに入るとそ

のまま、慣れた手つきで手続きをする、どうも常連らしい。
しかし店員は誰が来ても愛想が無く興味が無いような態度


"その手の人間"が好んで使うには便利そうだ


部屋に入ると一目散に入浴部屋に入りシャワーを浴びる、まるで証拠でも消すかのように
事務的に髪を乾かすとくつろぐ暇もなくベッドに投げていたボストン鞄をあける。
中からは丁寧に畳まれたフリルやレースを纏ったワンピース

それを身に纏い、再び慣れた手つきで髪を二つにまとめ、薄化粧をする


先ほどの姿とは別人に見えるほど女性らしくなった

そう、彼女は宮廷に務めるメイドの一人


そのままチェックアウトを済ます、先ほどとあきらか姿が違うのに店員はまったく気づきもしない様だった
誰が泊まろうが興味が無いのかもしれない


レンタルロッカーにボストンをしまうと身軽そうな小さめの鞄一つで外に出ていく


「せや・・・ケーキでも買って帰ろう」


市街まで戻ると人だかりが増えてくる


(なんかイベントでもやってんかな?・・・ん?)


ふと足を止める、行きかう人々の奥に見える塀に白いシルエットが目に入る


(猫・・・?いや・・・まさか)


人ごみを縫うように塀の近くまで行くと左右を興味深そうに見ている道化の子供


「何してん?」


思わずそんな言葉を口にすると、道化の子供も驚いたようにメイドを見つめた


「どうやって此処まで来てん?出かけるってちゃんと言うて出た?」


メイドの言葉にただ首をかしげるだけの道化


「とにかくおいで?よう降りれへんやろ?」

「・・・・・・・・・・・・」
(やっぱ・・・あかんかな?)


手を差し伸べても微動だにしない道化の子に差し出した手を戻そうとした刹那大きな風に道化の子の体がぐらついて
一気にメイドの両腕めがけて落ちてきた


焦臭い匂いと両手には二丁拳銃を下ろして恍惚な瞳で動かなくなった獲物を見つめる誰か。
自分には重く大きい拳銃を抱えて怯える様にそれを見た

もう大丈夫、こっちへおいで


『アツイ、イタイ』
「え?あぁ・・・ごめんごめん」


勢いよく倒れこんできた道化の子を慌てて支えたせいで強く抱きしめすぎたかもしれない
メイド自身も後ろに転倒しかけてなんとか踏ん張って事なき得た


(・・・いまのどっかで見た・・・怖い夢か何かやったような・・・)


道化の子供を下ろすと、軽くスキップしてメイドの周りを一周する


「そういえば、きみ、名前は?」
『・・・・・・・・・』


歩くのを止めてメイドの腕をつかむと少しだけ口をあけてjokerという言葉を洩らした


「ジョーカー?・・・変わった名前やね」
『ジョーカー』
「ふうん、トランプのあれやね」


なんとなくほっとく気にもならなくてjokerの手を引いたまま行き付けの洋菓子店へと向かう


『・・・バン!』
「え?・・・いきなり何?」


よく見ると小さな手を銃のように見立てたポーズをとっているjoker


『痛イ?・・・痛イ?』
「痛い処やないで死んでまうわ、そういうのは悪い人にするもんやで」
『ワルイヒト』
「そう悪い・・・・・・」

(って・・・子供相手に何言うてんやろ)

「今度そういう遊びしよな、広い所で・・・それよりケーキ屋さんついたで?行こか」


黒猫と薔薇が描かれたお洒落な看板を掲げたこじんまりとした洋菓子店に入ると
ショーケースに目移りするようなケーキたちが並んでいる

ケーキを眺めているjokerを余所にテキパキとケーキを選んでいく。


「何だお前子供出来たの?オメデトー」
「阿保言わんといて」


ひょっこり出てきな小柄なパティシエらしき青年が接客業とは思えない口調で話しかけてくる
慣れた関係なのか、メイドからすればそれが冗談で流せるものだとわかっている


こげ茶な髪に大きな黒い瞳、コック帽の代わりに猫のお面を頭につけている
童顔なため一見美少年にも見えるのに慣れてくると徐々に相手に毒を吐いてしまうため、一部の客からから毒舌パテシエとも呼ばれているらしい


それでも彼の作る洋菓子は絶品で王様にも献上されたことがあるらしい。


「なんだつまんねーな、さっさと選んで帰れよー」
「何言うてん来てもらえて嬉しいくせに」
「お前が来ると可愛い女の子が怖がって来れないんだ気付け」
「ほんまハチの巣にしたろか」


さきほどのjokerのように手を拳銃に見せかけるメイド
それを見るや何故か間に入り込むjoker パテシエに指をさし首をかしげ


『ワルイヒト?』
「は?」
「え?あー・・・ちゃうちゃう、このお兄さん可哀想なだけやねん そっとしとこうな」
「待てこら、おいチビ」


jokerの頭に手を置いた途端電気ショックでも受けたみたいに一瞬痙攣を起こしてしまま動かなくなってしまうパテシエ


「え?どないしたん」
「・・・・・・・・・・・・」

目の前で何度も手を動かしても急に虚ろになった瞳は一点を見たまま動かない

「・・・クランちゃん?」


パテシエの名前らしい両腕をつかんで名前を呼ぶと何事も無かったように視線をメイドに戻す


「・・・・・・・・・・・・・・・静電気だ・・・」
「そ・・・そうなん?びっくりするやんか・・・」


なんだかんだおまけに焼き菓子までもらってしまい。焼き菓子の方をjokerが嬉しそうに抱えている


「おいウサヤ」
「ん?」

ふいにメイドを呼び止める毒舌パテシエことクラン

「少し屈め」
無理やり体を引き寄せると耳元で何かを囁いた

「え?」
「気を付けろって話、じゃあな・・・用が済んだらさっさと帰れ」


宮廷に戻ると一目散で走っていくjoker
まぁ宮廷内ならどこに行っても心配する必要も無いだろう


「まぁ 少しくらいは・・・考えとこか、さてお茶でもしよ」