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「拗ねる男」

 

OPテーマ omoinotake 「産声

EDテーマ DEEP SQUAD 「Good Love Your Love

 

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小説の<目次>は こちら

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二人きりの残業を終えビルの外に出ると、12月も半ばに入ったオフィス街に寒気を伴った強風が吹き抜けた。


その風の冷たさに一瞬身を震わせた黒沢はすぐに隣にいる安達に目を向けた。

 

その首元には赤白青三色のマフラーが丁寧に巻かれている。


それはもちろん二人きりでエレベーターを待っている間に黒沢が巻いてあげたものだ。


黒沢からされるままにおとなしく、しかし時折、上目遣いで見上げるその瞳が愛らしかった。

 

「晩ご飯、寒いから鍋にしよっか」


「あ、いいね」

 

黒沢の提案に、並んで歩いていた安達は笑顔で即答した。


ちょうど自分も同じことを考えていた。


些細なことでも気持ちが通じ合うのが嬉しい。

 

「何鍋がいい?」

 

歩きながら安達は右手を口元にあてると、真剣な顔つきで考え始めた。

 

「うーん」

 

やがて顔を上げると瞳を輝かせて言葉を返した。

 

「やっぱトマト鍋か、カレー鍋かな」

 

こういう時、いつもなら安達の意見に黒沢も賛成してくれる。


いや、反対することなど無いと言ってもいい。


なのに今夜は・・・・・・。

 

「俺は・・・・・・豆乳鍋かな」


「ええ? トマト鍋がいいよ」


「や、いくら安達でもこれだけは譲れないね。豆乳は身体にいいし」


「でも、トマトだって健康的じゃん。リコピンとか・・・・・・」

 

真剣に議論したあと、互いに顔を見合わせて笑い声をあげる。


こんな風に気兼ねなく言い合えることが何よりも幸せだ。

 

その時、黒沢とすれ違いざま、一人の女性が立ち止まった。

 

「あれ? 優一?」

 

二人で振り返るとそこに明るいグレーのロングコートを着た美しい女性が立っていた。


豊かで艶やかな黒髪が夜風にサラリとなびく。


街灯に照らし出されたその顔は、はっきりとした目鼻立ちにナチュラルなメイクがほどこされ、上品で知的な雰囲気が漂う。


決して派手ではないのに、内面から人を惹きつけるような華やかさがにじみ出ている。

 

「久しぶり」

 

懐かしそうに微笑む女性に黒沢も笑顔で言葉を返した。

 

「ああ、元気だった?」
「うん、優一は?」
「俺も、特に変わりないよ」
「そっか。前に会ったのいつだっけ?」
「あー、3年位前かな」
「だよね。また、みんなで集まろうよ」
「ああ、またね」
「じゃあ、また連絡するね」
「うん」

 

いかにも親しげに言葉が交わされる。


軽く上げた右手を胸元で小さく振ると、女性は安達にもニッコリと微笑んで会釈しながらきびすを返した。

 

その後姿を見送りながら、いかにも黒沢の友人に相応しい素敵な人だと安達は思った。


彼女は美しくて知的で自信に溢れている。


きっと黒沢にお似合いなのはああいう女性だ、自分みたいな冴えない男ではなく。


そんな感情が重い足かせとなって、その場から動けない。

 

「安達? どうしたの?」

 

その場に佇んでいる安達に黒沢が声をかけると、安達は小さく首を横に振った。

 

「・・・・・・別に」

 

じっと見つめている黒沢から顔を背けると、安達はうつむいて歩き出した。


しばらく無言で歩いた後、安達が立ち止まる。

 

「今日は一人で帰る」


「え? でも、一緒に鍋って・・・・・・」


「なんか、食べたくなくなった」

 

突然、態度を変えた安達に、黒沢が心配そうに問いかける。

 

「もしかして、体調悪い?」

 

言い訳にもならない身勝手な返答を、黒沢は優しく受け止めてくれる。


安達はその言葉を振り切るように強く言葉を返した。

 

「ごめん、今日は帰る!」

 

そのまま振り向くことなく走り出す。


黒沢の顔を見たくなかった。


いや、見られなかった。


黒沢は何も悪くない。


ただ自分が勝手にモヤモヤしているだけだ。

 

 

 

通勤客や学生ででごった返す駅を出ると、安達は足を速めた。


軽快なクリスマスソングが流れ、大勢の買い物客で賑わう商店街をうつむきながらひたすら急ぐ。


アーケードにも店先にも、煌びやかに飾り付けられたクリスマスのデコレーションがキラキラと輝いて、暗い気持ちを抱えた自分はここにいてはいけないような焦燥に駆られる。

 

ようやく商店街を抜け、人込みも途切れた薄暗い夜道に出た時、安達は立ち止まり、はあはあと肩で息をしながら誰に言うともなくつぶやいた。

 

「あーもう、何やってんだ、俺」

 

胸に広がるこの黒い雲のような暗い気持ちは、ただの嫉妬だ。

 

綺麗な人だった。


容姿も立ち居振る舞いも黒沢と対等で、二人が並ぶときっと絵のように光り輝くだろう。

 

けれど今、黒沢の隣にいるのは自分だ。


見た目も普通、仕事も普通、何の取り柄もないつまらない男だ。


いつもは黒沢の優しさに甘えて、満足していた自分が恥ずかしい。


黒沢の将来のことを考えれば、自分など傍にいてはいけないとわかるはずなのに・・・・・・。


安達が現実を省みたその時、

 

「くしゅん!」

 

背後から聞こえた声に振り返ると、電柱の陰に身をひそめるようにして黒沢が立っていた。

 

「え? 黒沢?」

 

まさか黒沢がいるとは思わなかった。


咄嗟に駆け寄った安達は、詰め寄るように強い口調で問いかけた。

 

「何やってんだよ!」


「ごめん、でも安達のことが心配で・・・・・・」

 

仕事で疲れているのに黒沢は後を追ってきてくれた。


ねて大人げない態度を取ってしまった自分の身を案じてくれた。


いつだって黒沢はこんな風に優しく気遣ってくれる。


なのに自分は・・・・・・。

 

つまらないのは意味のない嫉妬心を抱いていた自分自身だ。


安達は微笑むと、不安げな顔をしている黒沢を見上げた。

 

「何にする?」
「え?」
「だから、何鍋?」

 

ポカンと口を開けた黒沢に安達は笑顔で言葉を続けた。

 

「俺は・・・・・・豆乳鍋がいいかな」

 

いつもの調子に戻った安達の言葉を聞くと、黒沢は嬉しそうに笑った。

 

「うん」

 

 

 

スーパーで食材を買い、手を繋いでアパートへの道を帰る。


部屋に入ると不意に抱き締められた。

 

「黒沢?」


「違ってたらごめん。さっきもしかして、やきもち焼いてた?」


「あ、いや、その・・・・・・」

 

やはり黒沢はお見通しだ。


けれど、どう言葉を返せばいいのかわからない。


返事に困りうつむく安達の耳元に黒沢は優しくささやいた。

 

「もしそうなら、嬉しいな」


「え?」


「だってさ、いつも俺が追いかけるばっかりで、安達からアプローチしてくれること、あんまりないから」

 

言われてみるとその通りだ。


手をつなぐこともハグもキスもいつも黒沢からしてくれる。


自分から何かしようと思っても、恥ずかしさと照れ臭さが邪魔をする。


だが、その羞恥心が黒沢を寂しくさせていたのかもしれない。

 

「・・・・・・黒沢」


「ん?」

 

安達はほんの少し背伸びをすると、黒沢の頬に優しく唇を押し当てた。


チュッ💕


「え?」

 

戸惑いの表情を見せる黒沢に安達は微笑んだ。


黒沢が喜んでくれるなら。


そう思って精一杯の勇気を出した。


でも、やはり恥ずかしくて目を合わせることができない。

 

「続きは、飯食った後でな」


「え、続きって?」


「だから、飯食った後だって!」


「や、でも、安達・・・・・・」

 

食い下がる黒沢から身体を離すと、安達はそそくさとキッチンに向かい、買ってきた食材を並べ始めた。


背後に立っている黒沢が、ぶつぶつとつぶやく声が聞こえる。

 

「続き・・・続きって・・・・・・」

 

 


そういえばクリスマスまであと少し。

 

―― プレゼントは、俺。

 

なんて言ったら黒沢はどんな顔をするだろう。


それはきっと・・・・・・。


いつも通り挙動不審の黒沢の姿を想像して、安達は堪え切れずクスクスと笑った。

 

 


 

 

💖おしまい💖